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第27話

 明くる日の昼、わたくしたちは学校へとバイクで向かった。慣れ親しんだ学舎(まなびや)も人気のない閑散とした空気を纏っていると見違えるようだ。思春期少年少女の活力は失われて久しい。

 立派な二柱に挟まれた正門は世界滅亡だというのに勤勉に閉じられ、わたくしたちはバイクを下りることになる。

 

「お得意のピッキングで開けてくださらない?」

「ふーん、それもいいんだけどここには別ルートがあってね。ついてきんしゃい」

 

 物知り顔で手招きするから、塀にそって歩いていく。誰しも建築物の壁がどこまで続いているのかなんて気にしないだろう。しかし認識しながら歩いてみると我が校の塀は長いものだと知る。

 そうしてその端。

 

「表向きは立派な塀ですね〜。ですが端を曲がるとあら不思議。途端に陳腐なフェンスなのです!」

 

 観光案内よろしく示した先は、なるほどかけている費用が雲泥の差だ。表は煉瓦造りだが、こちらは草木が茂った中の金網フェンスである。

 

「いつもだったら車通りを確認して、通行人もいないのも見て……急いで進む!」

「えぇ、そちら……⁉︎」

 

 草むらに入ってしまった千鶴を追いかけないわけにもいかないので続く。一見道なき道だが、草木の中を進むと地面がある程度踏み固められていることに、靴底を通して気がついた。

 

「ここ、ここ」

「ここ? 柵を登るのですか?」

 

 まさか、と千鶴は金網に指をかける。すると金網一面がぺらりとめくり上がった。

 

「VIP専用ゲートになりまーす。どうぞお嬢様」

「本当に、ワルい人」

「そりゃどうも」

 

 好きな時間、自由気ままに登下校していた彼女のことだ。正門守衛に声かけされぬよう、秘密裏に開拓したのだろう。

 千鶴がいつもそうしているそうなのでバイクは敷地外に置いておく。フェンスをくぐらせるのは面倒だし、誰かに発見されることもない。

 我が高校は当然他の高校よりも荘厳で敷地も広いのだが、いくら見栄えよろしくともこうして無人の風が吹いていてはもったいないという感想が先に出る。

 そこではたと思い出す。

 

 油断してはなりませんね。そうして昨日は危険な目に遭ったのですから。

 

 自分たちしかいないだろうとたかを括っていた結果が昨日のゲームセンターだ。気は抜けない。

 

「千鶴、気をつけて」

「OK。多分おんなじこと考えてる」

 

 背後の千鶴は言われるまでもなく、顔つきが警戒色に染まっていた。腰にはわたくしが見つけた手錠、そしてホルスターが下がっている。手錠は半ばアクセサリーだが、ホルスターの中身は奥の手だ。

 

「てかそっちから入るん?」

「え?」

 

 言われてから気がつく。わたくしは完全に無意識に昇降口へ向かっていた。位置的には渡り廊下から入ったほうが近いし、履き替えるという文化もこの期に及んでは意味をなさない。

 

「学校に来たならまずは昇降口で上履きに……と完全に染みついていましたわ」

「ま、いいんじゃねぇの。ユヅっちはいい子だからねぇ」

「なんです、それ。言い方に含みがありますわね」

「べっつにー」

 

 駄弁りながら昇降口の扉を開く。鍵はかかっておらず、思いの外すんなりだ。

 

「ユヅっちはいい子のままの方が似合ってるよ。これは本心」

 

 千鶴は屈託のない笑顔を浮かべると自分の上履きを取りに行った。

 部活が終わって生徒全員が下校したような雰囲気を感じながら、わたくしも自分の靴箱を開く。

 

「……っ」

 

 思い出した。

 

 ——金持ちだからって調子になりやがって——

 ——クソ外道が——

 ——だって悪いことしてきたんでしょ——

 ——そんな人だと思わなかった。サイテー——

 

「っ、はぁ……」

 

 奥歯を噛んで胸を押さえる。後退りでロッカーに体を打ちつけると、ガシャンと大きく響いた。

 

「おい、どうしたユヅっち⁉︎」

「はぁ……はぁ……」

 

 思い出した。

 思い出された。

 

 目の前の泥に塗れた上履きが教えてくれる。

 わたくしには居場所なんて無いということを。

 呼吸が荒い。

 胸が痛い。

 わたくしは夕鶴羽。

 澄凰夕鶴羽。

 捨てた姓は呪いの人形のように離してはくれない。

 

「見なくていい」

 

 千鶴がわたくしの頭をその胸に抱き寄せた。わたくしの世界を閉ざすように。

 

「行こ」

「っはぁ……っ……」

 

 息を吸うごとに喉が低く鳴った。

 千鶴に支えられるように校舎を進む。

 

「わたくしは……わたくしは……なにも」

「ああ」

 

 呼吸が苦しいけれどそれも構わず顔を(うず)める。

 想像して然るべきだった。

 

「わたくしが、なにかしましたか……っ」

「なにもしてない! なにもしてないから、いいんだ……」

 

 学校に来るということは、再びあの時に向き合うということ。

 

「わたくしが……っ、わたくしの……」

「大丈夫……大丈夫だから」

 

 あの日々の中でこの仕打ちを受けたとしてもきっと大したことはない。けれど一時でも過去と離れ、仮初の平穏に浸っていた今に直面すると、いとも容易く亀裂が走る。

 

「ユヅっち! ユヅっち!」

 

 この頃わたくしは少し楽しかった。

 千鶴と色々な初めてに触れて、色彩の無い世界でも感情の色を知った。

 でもわたくしは楽しむべきでないのだ。

 

「ユヅ——————ヅっち——」

 

 わたくしは凶行の結晶。

 人を不幸にして産まれた人間。

 

「————」

 

 澄凰夕鶴羽だ。

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