第26話
一つ、二つ、三つ、四つ……ッ!
「えげつなっ! 今のクリップ確定じゃん」
背後に立った千鶴から愕然とした声が飛び出した。
「五つッ!」
画面の中で敵が血飛沫を上げながらスローモーションで崩れ落ちる。それを背景にわたくしの勝利を知らせる演出が派手に現れた。
街中調査から帰還した夜、わたくしは蓄積した疲れをも振り払ってゲームコントローラーを握っている。昨日プレイしたFPSゲームが忘れられなくて千鶴の部屋をドアを叩いたのだ。一日寝かせた不完全燃焼の闘志はわたくしを大人しく寝かせてくれない。
「ふふ、あははっ、FPSゲーム、やはり素晴らしいですわ」
「ドハマりっていう言葉じゃ足りない程ドハマりしてるよな。しかもちゃんと上手いし」
「これが最高難易度ですの? 楽しめますがもう少し歯応えが欲しいところですわね」
「ユヅっちがおかしいんだよ。初心者がCPUレベルMAXで圧勝してるなんて」
今わたくしが没頭しているのはイーペックスとは別のFPSゲーム。仕様はイペよりもさらにシンプルでマップをひたすらに走り続けて、敵をひたすらに倒し続ける。規定のキル数にいち早く到達した一人が勝者だ。イペとは違い倒されてもすぐに復活できるため、戦いのテンポが比べものにならない。撃つか撃たれるか、毎秒闘争に直面しているこちらのゲームのほうがわたくしは好みだった。
「なんでもかんでもオンラインゲーが主流だけど、ディスクのゲームっていうのはこういうときに役に立つんだよなぁ」
オンラインゲームであるイペが遊べなくなった今、パッケージ版のこのゲームが眠っていたのは救いだった。二世代前のタイトルでやってる人はもういない、とクローゼットの奥から引っ張り出してくれたが、わたくしにはいくら古かろうが新鮮であることには変わらない。
「次はこっちのマップで遊んでみますわ」
準備完了を押すと視点はすぐにフィールドへと移る。世界中の強者と手合わせできないのは悔しいが、機械相手だと待たずに試合開始なのが得だ。
コントローラーを繰りゲームの中の自分を思うがままに動かす。視界に映る人物を瞬時に射殺して場所を変える。
「うぁー、今の返り討ちにできんのやべー」
「ふん」
確かに今のは危なかったですわね。ですがわたくしにかかれば——
バゥッ!
「なっ——」
破裂音。建物の角を飛び出た瞬間、わたくしはくの字に折れて崩れた。
「はぁっ? 角待ちショットガンですか⁉︎」
「今のは嫌ねー」
「うざってぇですわ! 次会ったら殺します!」
「まずい、悪いとこが似ちゃったかもな……」
感情的になった自分を落ち着け、新たな肉体を得たわたくしはまた駆け出す。
視認。
射殺。
視認。
射殺。
視認。
射殺。
「キルマシーンだ」
「…………」
わたくしが一心不乱に人を撃ち続けているのは、きっと酷遇のせいだろうとトリガーを引きながら思う。
どうしてわたくしがこんな目に。
ただ生まれてきただけなのに。
虐げられてきた日々、積もり重なった世界への恨みに蝕まれた心は、電子の人間を殺し続けることで浄化されていく。
いいではないですか。わたくしは誰にも迷惑かけていません。あの方々とは違って。
シューティングゲームは最早ゲームという遊びとしてではなく、心理的バランスを保つための治療として行っているのかもしれない。
見つけて、撃って、走る。
通る道に屍を残して猛進する。
阻むものは全員地を舐めさせる。
しかしわたくしの進撃も終わりを迎えた。
「これは……」
突如空が暗くなり、いくつもの光輝が浮かぶ。
「忘れてた。このマップ途中で昼夜が変わるんだよ」
「くっ」
説明されなくとも現状を見れば分かる。対処すべきはその説明から会話を繋げることではない。
「くそっ、見えません!」
世界に翳りが差したことで明度のコントラストが鈍くなり、わたくしは戦闘継続に支障をきたしはじめる。キル数が減ってデス数が増える。周りとの差がみるみる縮まっていくも、できることは目をしかめて走り回ることだけだった。
そして案の定敗北した。わたくしは反射でぶっきらぼうに手を離す。
「はーくそげーですわ」
「こういうこともあるわな」
「やってらんねーです。二度とやりません」
「ドンマイナイファイ」
「…………」
「…………」
放心状態。
画面は次のマッチへ自動的に進んでしまった。
「……さて」
「やるんかい」
「次は……弓を使いましょう」
戦闘開始で駆け出す。
敵確認。
引いて、放つ。
「ワンダウン」
ヒュンという風切り音が心地いい。
「しかし……」
敵を次々と貫きながら呟く。
「最近弓引いてませんね」
それはゲームではなくリアルの話。
「学校は……いづらかったもんな」
記憶を辿ると最後に弓を持ったのはあの日、報道の次の日の部活だ。教室でのいたたまれさに耐えられなくなって、放課後は部活に希望を抱いたがそこも同じだった。それっきり弓道部には顔を出していない。
人差し指でトリガーを押し込み、離して放つ。
だけどそこには全身の筋肉に流れる、緊張と解放のあの感覚は訪れなかった。
最期にもう一度くらい……やりたいですわね。
それは身近過ぎて忘れていた盲点、千鶴の言葉で言うなら東大デモクラシーなやりたいことだった。やったことないこととか大層なことばかり模索していたが、やりたいことリストには忘れていたことだってあってもいい。
決めた。
「千鶴」
幕引きとなるヘッドショットの一矢を決めて振り返る。
「明日学校に行きましょう」




