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第16話

「持ち物確認! 軍手!」

「はい」

「ライト!」

「はい」

「リュック! それに畳めるカバン!」

「はいはい」

「バールのようなもの!」

「ようなもの? あなたに言われてバールは持ちましたが……」

「ああそれでいいよ。あれだ、決まり文句というかお約束みたいなやつだから。よし! 準備は万全! これより第一回街中調査、開始ィッ!」

 

 探検隊を引き連れていざ大秘境に出発だ、というわけもなく、立派な掛け声の割にはとぼとぼと屋敷の横のガレージへ歩いていく。見かけ倒しとは正にこのこと。

 

「千鶴副団長、もう一度本作戦の目的を確認する。言ってみよ」

 

 しかし千鶴にとってこの探検ごっこはいたって真面目みたいだ。

 

「やりたいことリストを埋めるため、興味を惹くやりたいことを探すためにわたくしたちは情報収集が必要。しかしながらインターネットを失ってしまったため、古典的ながら書店にて旅行情報誌から情報を集めよう。そうですわね?」

「その通りッ! ただそれでは七十点かもな。もう三十点、それは誰もいなくなった街を楽しもうってことよ」

 

 (つい)ぞ昨日の朝からやりたいことリストにわたくしの意見が載ることはなかった。単純にわたくしのやりたいことが無いのは当然なのだが、そもそもわたくしが知る世界は極々小さい。そしてその視点は一般的とは言い難かった。

 そこでわたくしはこの世界で人々がどのような営みをしていたのか、なにに興じていたのかを知るところから始めることにした。そのための情報収集だ。

 

 インターネットって偉大でしたのね。

 

 機能の大半を封じられた手のひらサイズの板を覗いてみると現在時刻は十一時。時計としては使える。

 歩いている内にお目当ての建物が大きくなってくる。ガレージだ。いくつかシャッターが連なっており、その数だけ車輌が格納されているのだろう。

 そこが目的地だと思っていたのだが、千鶴はガレージを折れて細い横道へ。といっても道とは言い難く、茂った雑草から少しだけ土があらわなだけ。無秩序に咲く五月のタンポポが、秘密の抜け道を飾っていた。

 

「あの立派なガレージではありませんの?」

 

 通り慣れているだろう彼女に対して、わたくしは脚にまとわりつく細長い草に気後れする。

 

 虫は苦手なのですが……ジーンズを借りて正解でしたわ。

 

 千鶴からテキトーに借りたのは動きやすさと機能性重視の服装。上は初夏でも着やすい厚さのマウンテンジャケットだ。

 

「あっちは家の自家用車とかコレクション。私が用あるのはあっち」

 

 一方千鶴はこんな日でもおしゃれは忘れない。ミリタリー系とヴィジュアル系を両立させたようなパーカーとワイドパンツ。イラスト入りのポケットやナイロンベルトがたっぷりと施されている。そして顔はついさっき完成した盛りメイク。

 その顔の方向には(さび)れた小屋があった。邸宅には不相応な外見で、おおよそ不用品の物置きだろう。

 

 千鶴に先導されて中に入ると、その予想は半分程正解だった。物置きではあるのだが、ごちゃごちゃしている訳ではなく最低限整理整頓はされている。電気も通っており、天井からぶら下がるカンテラのようなLEDライトが、わたくしの目でも問題ないくらいに煌々としている。ここで三日くらい生活しろと言われたらできなくはない状態、そんな感じだ。

 そしてその中央にあるのが目的のものだろう。

 

「バイク……ですか……」

「そそ。乗ったことある?」

「ないですわ。どうしてこんなところに隠すように?」

「そりゃあ秘密のブツだからだろ。バレたら大変大変」

 

 確かにこんな物置小屋なんて滅多に見るものではないだろう。

 千鶴の家の者は彼女がバイクを所有し乗り回していることは知らないということだ。結構なワルだと思う。

 

「あなた免許は?」

「…………これくれた人には免許皆伝って言われた」

 

 結構というかギルティなレベルのワルである。

 

「ということはわたくし、無免許運転の後ろに乗るんですの?」

 

 街中調査の足としてバイクを使おうと提案したのが千鶴である。一日歩き回らずに済むというのは大変ありがたいことだが、無免許の後ろというのは少々不安だ。

 

「だいじょぶだって。事故ったことないから」

「だってバイクの事故って痛そうじゃないですか。即死できなさそうっていうか……アスファルトにズザーってなって、皮膚はズタズタだけど死ねないなんて嫌です」

「……おや、随分話のレベルが高いな」

「事故るなら即死したいのです。でも即死しないなら事故起こしたくないのです。バイクは中途半端で——」

「いや事故らんって! 安心と信頼の実績あります!」

 

 そうは言われても怪訝な眼差しはやめられない。

 

「やっぱり車にしませんか? 車なら低スピードの事故なら無事ですわ。ガレージにいっぱいあるのでしょう?」

「事故る前提なんだな。てかさっき言ったろ。バイクのほうが小回り利くから便利なの。映画とか知らない? 誰かが乗り捨てた車のせいで通れなくなって結局詰まってるの。パニックものにはつきものじゃん」

 

 千鶴は唇を尖らせる。

 

「それに私車は免許持ってないし!」

「どの口が仰って? ひょっとして頭がおかしいのかしら」

「辛辣じゃん……もういいから! 行くぞ!」

「事故するならフルスロットル正面衝突即死で……」

「しない!」

 

 秘密のガレージから手押しでアスファルトに移動させる。

 

「コソコソしなくていいの楽〜」

 

 以前は監視カメラや使用人の目を盗んで出かけていたのだろう。千鶴は羽を伸ばしているようだった。

 先にバイクに跨った千鶴に倣ってわたくしはその後ろへ。

 

「これ……ベルトはどこですの?」

「はぁ? あるわけないだろんなもん」

「うぐっ」

 

 喋ると同時に彼女のヘルメットがわたくしのそれにゴツッとぶつかった。

 

「私に腕回して耐えて。離したら落ちるかんね〜」

「え、バイクってこんなに危なっかしい乗り方なんです——」

「はい、いくよー」

「ちょちょっと、お待ちなさい!」

 

 エンジン音とともに冗談ではなく本当に走りだしたため、命綱に縋るように細い腰に腕を回した。不必要な痛みなんてごめんだ。

 わたくしの慣らし運転なのかノロノロと敷地のロータリーを一周したが、車道に出ると一転。まるでアスファルトを氷の上かのように滑り出し、周囲の景色がすっ飛んでいく。その様子に自然と腕の力は強くなった。

 

「どお! だいじょぶそ!」

 

 エンジン音に負けないくらいの声もあっという間に後ろへ置き去りに。

 

「お陰様で! ぜんぜん! よろしくありません!」

 

 わたくしも声を張り上げる。こんな大声出したのはいつぶりかってくらいに。

 

「すぐ慣れるよ!」

 

 ダメだと言ってるのに全然速度を緩めない。

 

 配慮という言葉を学んでいないのでは!

 

 太ももとお尻から震えが走ってきて内臓まで揺さぶられる。

 ひょっとしてたらこの速度でも死ねるかもしれない。

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