第14話
「ああ、信じてるぜ。初手は私が動かす。スキャンで敵の位置を割り出してくれ。そこにグレネード投げ込めば敵は絶対動く。そこをズドン」
「了解」
まずはライフを回復してからスキルを繰り出す。パッと周囲が明るくなると窪地に二つの人影。左右に分かれて互いに距離を取っている。
「左に投げる! 一人は動くけどもう一人は狙ってるだろうからな。気をつけや。そいや!」
その声で半身を晒して弓を構える。
いた。
左の敵は頭上から降ってきた千鶴の手榴弾を避けるように、さらに左の岩陰に走る。そこまでの距離は四十メートル程。つまり狙い撃つには充分な猶予があるということ。
しかしその構えを邪魔する、空気が鋭く切れる音。
右方から銃撃。
こちらが狙うイコール狙われるが体現しているのだ。
「くっ……!」
一発、二発、三発……。
威力の小さい弾が厄介な程には飛んできて、ライフが少しずつ削られる。
強力な銃弾ではないだけ幸いだが悠長に狙えない。わたくしがチーム崩壊の起点になってしまう。
千鶴の位置からは……くっ、死角で狙えない。
ビシィと手痛いヒット音が自分の頭への着弾を知らせる。
「澄凰サン!」
そっちが邪魔、ならッ!
「当てますわ!」
彩度の失われた世界で瞼を大きく引き上げた。
滑車によって引き絞られた弦の勢いに乗って渾身の一本が放たれる。
戦場を奔る一条の凶器。
その向かう先に、本来のターゲットはいない。
ターゲットは既に変わっているのだ。
わたくしを仕留めんと、その身をあらわにしていた右方の敵の胴体を真っ直ぐ貫いた。
突然の被弾に驚き小動物のように岩の後ろへと逃げる敵。
「まだッ!」
体の出し過ぎだ。先程の射撃で狙いは既についている。弓道においても一本目の着弾から次弾を修正するのは同じ。このときにおいて、敵が真横の岩陰に逃げるならさっきの狙いからほんの少し水平にずらすだけで当たる。そしてわたくしにはその緻密な水平移動ができる技量がある。
つまり二の矢の命中は運命だ。
文字通り矢継ぎ早。
二本目の矢も胴体だった。
その傷を抱えながら敵は射線から脱してしまう。仕留めきれなかったのは心残りだが、仕事は果たした。
「あとは行けるでしょう? 千鶴!」
「ここまでお膳立てされてしくじるわけにゃいかねぇな!」
わたくしの行射の裏で標的へと疾駆していた千鶴がその身を宙に踊らせる。
構えた銃口からいくつもの火花が立て続けに咲き誇った。
反撃。
互いに向け合った得物で銃弾の応酬が繰り広げられる。
どちらが先に倒れるか。
命運を分けたのはわたくしが負わせた傷だった。
千鶴がダメージを負い続けても、同じだけ千鶴が当てていれば先に尽きるのは敵のライフ。
果たして先に這いつくばったのは相手のほうだった。
見事、頼もしい限りです。あとは……。
走りながら己の一番強力なスキルである、アルティメットスキルを解放する。
流れるモノクロ風景の速度が上がった。
ブラッディドッグのそれは恩恵として移動速度が向上する。野に放たれた猟犬の如く、獲物を喰らおうと生き残りのほうに肉薄する。
あなただけはわたくしが、落とします!
岩陰から敵が迎撃。
スライディングで身を滑らし、飛来した強烈な一撃をすんでのところで回避する。わたくしの真横が穿たれ土煙が上がった。おそらく先刻わたくしが浴びた強烈な銃撃はこの敵のものだ。
移動しながらこちらからも反撃を加える。
「ぐ……」
初撃は外した。移動の振動のせいでブレる。
弾道右斜め上。照準左に調整。落下はないからまっすぐ捉える。
今!
発射。
フルチャージの矢が相手の頭に深々と突き刺さった。現実なら即死を免れないが、大ダメージを与えるのみ。
このまま落としきる……!
そうして岩の裏を捉えるべく、敵を中心に円を描くように回り込む。
スピードを活かして迅速に。先程の千鶴の姿を真似て、星座を描くが如く遮蔽を転々とする。
そして射線が通った。
相手を射抜く必殺の射線。
ここ……ッ!
放つと同時、相手の銃口がパッと白んだ。相手もわたくしを殺そうと弾を撃ち出したのだ。
わたくしの矢と相手の銃弾がすれ違う。
電子の大地に、電子の血液を落としたのは両者同時だった。
「ッ……」
柄にもなく舌打ちを溢す。
姿を隠してから、自分のステータスを確認すると残りのライフは三割。狙いを定めていたときに蓄積したダメージと今の被弾でかなり損耗している。
実時間では数秒の間、父から課せられていた英才教育の演習と同じくらい頭をフル回転させる。短時間で脳をここまでヒートアップさせるのは久方ぶりだったが、時の衰えを感じない。
わたくしが今仕留めれば全て御の字だけど、逆に撃たれたら…………ダウンするけど千鶴があとは片付けてくれる。だけどまたさらに別の敵部隊が来るとしたら、千鶴は二対一だ。フィールドの広さを考えると今この瞬間でさえ誰かがわたくしをスコープで覗いているかもしれない。だったらわたくしは無理せず生き残る。千鶴がこっちにくれば人数有利で確実だ。相手だって瀕死で無理に詰めてくるはずはないから、わたくしも落ち着いてライフを回復することが先決。だから今はこの場所で待つのが……。
いや、行きます。
物陰から飛び出す。
手にするのはコンパウンドボウではなく、サブウエポンのショットガン。わたくしは合理性から最も遠い単騎突撃を敢行した。
それは衝動だった。
千鶴の鮮やかなプレイを目撃したから、わたくしも千鶴のようにゲームで爽快感を味わいたい。
その衝動的願望はやりたいことリストに追加するには些細だけれど、わたくしが確かに願った小さなやりたいことだった。
わたくしにも、やりたいことあるんですね。
コントローラーを握りながら頬が緩む。
願望から生まれる高揚は、荒み切った心を少しだけ潤してくれた。
流れる景色が一段と早い気がする。錯覚かもしれないがアルティメットスキルの恩恵以上だった。
肉薄しながらスキャンスキルを放つ。すると相手が身を出して迎撃しようとするのが分かった。大きくなる足音で危険を察知したに違いない。
敵対距離四メートル。
ここで被弾したら終わり。
敵が出す空気を切り裂く連射音を合図にわたくしは跳躍した。そしてその先にある枯れ木を踏み台にまた一つ跳躍。
その挙動はトレーニング場で一度だけ見た千鶴のキャラクターコントロールだった。
だがあの時と結末は変わる。
敵から放たれた銃弾はわたくしの後を追いかけるのみで、もう一歩先に到達することはなかった。
わたくしがあなたでしたら、もう当てていましてよ。
ワンマガジンを躱し続けた長い滞空を終えて降り立つは敵の背後。相手はリロードの手間を惜しみ、持ち替えたスナイパーライフルで賭けの一射を行う。
至近距離でつんざく破裂の音。
しかし大した音の割には、ほんの少し傾けた頭の真横を通過するのみだった。
「チェックメイト」




