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現実は意外と都合がいい

もひとつひそかにリメイク


「うぼぁー……」


 机に沈んで奇っ怪な声を上げてみても事態は好転しない。むしろ周りからの目が痛い痛い。

 女子の視線がそろそろ汚物を見るようなものに変わってきた気がするんだけど、気のせいかな?


 ……いやぁ、本当どうしようかなぁ。

 あ、高校は受かりましたよ。死に物狂いでやれば人間わりと何でもできるみたいだ。

 

 でもねー。慧がいないんだよ。どこにも慧がいないんだ。入学者全員の男の名前は目に通したんだけど、“如月慧”っていう、親友の名前がどこにも見あたらないんだ。

 今ではほぼ男子全員の名前が言えるほど覚えてしまったというのに。もしかしたらとか思って、縦読みしてみたけどいなかったし、斜め読みしていなかったし。


 いや、ね。よく考えてみたら、いないことは何もおかしくないんだよ。誰が本当にこの高校に来るって決めたよ。

 

 俺だよ。


 勉強してたらさ、だんだんこの高校にいるかもしれないから、この高校にいるって訳の分からない確信を得て今に至るというわけだけど。いるわけもなく。

 結果。


「ぬわぁー……」


 こうして、机に額を擦りつけて喚く木偶が出来上がったのだ。二ヶ月以上頑張った俺を褒めて欲しい。冷たい視線はいらないっす。


 ショックがわりかしデカいので、再起動に時間がかかる恐れあり。それでも捜索を諦めるつもりは毛頭ないのだが。


 ふと、俺の座席の前に誰かが座った音がした。


「どうした? ついに発狂したか?」

「ぐあぁー……ああ、敏之か。なんのようだ」


 顔を上げてみると、そいつは高校に入ってから出来た友人の敏之だった。


「お前が相変わらず変態チックなことをしていたから気になった」

「俺は変態じゃない」

「……入学早々、如月、か、き、く、け、けけ……」

「慧だ」

「そうそれ! 如月慧って名前を叫びながら校舎を走り回ったお前が変態じゃないと?」


 若気の至りだ。


「男女問わず、如月慧って子についてもの凄い形相で詰め寄ったことを忘れたとは言わせんぞ」


 その結果が冷たい目である。


「一昨日は校内放送まで使いやがって……」

「そしてなんの成果も得られずに、うなだれる俺が一丁上がり」


 あ、こいつため息つきやがった。


「あのな、拓馬。俺たちは花の高校生だぞ? もっと青春を謳歌しなくてどうする」


 知ったことではない。俺は慧を探すだけだ。

 ……それにしても、本当になんの成果もない。多大な犠牲を払ったというのに、振り出しに戻るかよ。

 はっ、上等。

 小賢しい真似で見つからないなら足で探すしかない。いっそビラでも作ってやろうか。

 迷子の慧くん探してますって。慧が見つけたら恥ずかしくなって俺に連絡を入れるに違いない。

 ……あれ、これマジでよくないか?

 警察の方々にめっさ怒られかねないが、やってみる価値はありそうだ。

 ……よし、早速今日からビラ作り開始だ。


「っでさぁ、ってお前聞いてないだろ」

「おう悪ぃ。生憎青春とやらに捧げるのは、慧を見つけてからって決めてるからな」

「っはぁ。ま、いいけどよ。問題だけは起こすなよ」


 起こす気満々だったりする。


「おお、そうだ! 今日はなんと転入だか、復帰だか、知らんがこのクラスに美少女様が入ってくるぜ!」

「そうかい」

「俺がこの目で見たから間違いな……っておい。美少女だぜ美少女。もっと目を輝かせようぜ!」


 いやさ、美少女って言ってもな。生憎俺はあいつ以上の美少女って奴を見たことがないからな。男だけど。男だったけど、美少女だったんだよ。

 着替えの時、なぜか無駄に色気があったしな。


 複雑な表情を敏之に返すと「な、なんだよ」と少したじろいだ。俺はそれに、「別に」と返すとそれっきり敏之は黙ってしまった。



 鐘が鳴り、扉ががらっと音をたて勢い良く開いた。


「おーい! 教師様がやってきたぞーい! 皆の者、崇め奉れい!」

『そんなことより美少女はどうした!』

「はっはっは! お前等に彼女はモッタイナイ! だが、私も教師の端くれだ。望まれたなら叶えてやらんこともない!」


 教室に入ってきながらキチ○イ染みた台詞を吐いたのは今年30になる独身男性アゴヒゲだ。なりは不格好(おれよれ白衣)で、言ってることも時折最低だが、常に中立を保ち教師が生徒を怒鳴っていても正しい方へつくという稀有な教師である。

 

「カモン! 復帰生いやさ少女!」


 ──そして、彼女が入ってきた。

 陳腐な表現だが、カラスの濡れ羽色の黒髪を背中まで垂らし、黒耀石の瞳は冷めきったように前だけを見ている。眼中にない、というより、なにもかもに諦めている印象を受けた。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺は彼女の顔を見たとき、心臓が爆発するかのような衝撃を受けた。違う、時が止まった。


 似ている。あまりにも彼女は慧に似ている!!


 違うのは、女子用のブレザーを着ていることと、髪の毛が長いだけ。それ以外は、全部、かつての慧を彷彿させた。


 教室が騒然となる。男も女も入り乱れて、新たな仲間の登場と、その美しさに浮き足立っていた。よく聞こえないが、きっとどれもスゲーだの可愛いだの、意味のないものに違いない。

 俺以上に衝撃を受けている人間はいないはずだ。


 慧は男だが、これだけ似ていて他人と言うには無理があるだろ。


 どくどくと心臓が脈打つのを聞きながら、俺は今にも立ち上がりそうな足を抑えるのに必死だった。

 顔に獰猛な笑みが張り付いて取れない。やっと見つけた獲物を取り逃がさないようにしないと。


 彼女は教壇に静かに立つと、何も見ていない瞳で教室を見渡した。顔だけ動かしたが、きっと彼女には棒人間程度にしか見えていないに違いない。

 

 彼女はややあって、喋りだした。


「──東雲 きょうと言います。東に雲、京都の京。みなさんにお願いが一つあります──どうか私に関わらないで下さい」


 ──しん。


 教室の喧噪が、その自己紹介で冷や水をかけられたように静まり返った。冗談だよね、などと周りの生徒と傷でも舐め合うように苦笑いを浮かべている姿がいくつも見られる。


 だが俺は哄笑をあげそうになるのを全力で抑えていた。


 ハ、ハ、ハ、ハハハハハハハハハハッ!!

 東雲か! 京か! お粗末すぎるだろ! 偶然にしては出来すぎだ! 神様ってやつはサプライズが大好きらしい! 俺としては大歓迎だけどな! ハハハハハハッ!!


 ──東雲は慧の母方の旧姓だ。よく如月よりも東雲の方がカッコよかったと呟いていたのを耳にしていた。きょうなんてもっとヒドい! 読み方を変えただけでけいだ!


 どう言うわけか性別が違うが、それは今においては関係がないだろう。顔が一緒、名前が適当、ならば例え人違いでも無関係なはずがない。


「あー、まあ東雲はこんな奴だが仲良くしてやってくれ。男子女子問わないが、がんがんアプローチすればいつかは仲良くなれるだろ。じゃ、東雲は奥の席に座っといて。朝のHRを始めるからな!」

 

 東雲は文句ありげに教師を見たが、すぐについと視線を前に戻し歩きだした。生徒が避けるように、彼女の歩くスペースを確保する。


 そして、東雲が隣を通り過ぎようとした時、俺は東雲の腕を取った。教室がにわかにざわめき立つ。

 煩わしそうに、東雲は顔をしかめて腕を取った俺を見た。


 ──その顔に浮かぶのは驚愕。ありえない、とその表情はありありと浮かべていた。さっきまでの無表情はどこにもなく、顔を青ざめただ現実を否定しようとしている少女にしか、俺にはもう見えない。


 ニタァッと口の端が吊り上がるのが自分でもわかる。きっと今はさぞや凶悪そうな顔をしているんだろうな、と頭の片隅で思いながら東雲の反応を待った。


 流石と言うべきか、表情が変化したのは数瞬だけだった。ともすれば見逃してしまいそうなものだったが、十分すぎるほど長い時間に俺は思えた。


「……関わらないで下さいと言ったはずでしたが?」


 そんな気丈な言葉も俺には怯えにしか聞こえなかった。それすらも東雲が慧だと俺に確信を深めさせる。

 

 俺は我慢できずに立ち上がり、東雲の耳に口を寄せて囁いた。


「(……なあ、ここで聞かれるのと、校舎裏で聞かれるのどっちがいい?)」


 キッと憎々しげに睨まれた。

 ああ、そうだよな。お前はチェックメイトを打たれても決して引かなかった。今だって状況を打開する方法を模索しているのだろう。

 だから俺はお前に思考する時間を与えてやらない。やるものかよ。今さら逃げられてたまるか。どれだけ俺が探したと思ってんだ。


「(じゃあな。先に待ってるぜ)」


 迷いのない足取りで教室の外に向かうと、他の連中から視線を多く感じる。

 俺はそこはかとない優越感を感じながら、東雲を一瞥して、扉を開けた。


 久しぶりの会話はとても楽しいものになりそうだ。

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