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一週間が過ぎ

展開巻いていきまっしょい


 次の日から俺は慧にひたすら付きまとった。どこに行くのにも付いて回り、トイレ以外は常に隣をキープした。行きの駅から京を待ち、帰りは駅まで見送る。

 クラスメイト公認というのも相俟って、俺たちの関係は誤解と共にすぐに学校中に広まった。

 相変わらず慧は口を開けば罵詈雑言、無表情を保ちながらの悪鬼羅刹、心を直接抉る鋭すぎる言葉を送ってくるが、それも親愛と割り切れ始めた今日この頃。


 どうにか頑なな慧の心を溶かせないかと試行錯誤をしている。


 慧の隣は俺のもの作戦、実行中。失敗ではないと思うが、芳しい効果は得られていないと思われる。しばらく様子見だろう。初日は眉がやや動いていたことから、驚いたことが伺える。一度家までついていこうとしたら、慧が静かな声で怒りを見せ始めたので断念。


 慧にひたすら話しかける作戦、実行中。鍛えられた話術を連弾の如く浴びせたら、慧から一言鬱陶しいと言われてしまった。反応が返ってきたのを喜んだら、絶対零度の視線を受けあえなく撃沈。最近は相槌が貰えるようになった。

 

 慧の好きな物を贈る作戦、失敗のような成功。慧から辛辣な言葉を授かりつつ、あっちへ行けと追い払われてしまった。しかし文句を言いつつ、贈り物は受け取ってもらえた模様。次の日の朝、ぐちぐちとカレーについて語られた。慧が長文を喋ったのは初日以来だったので、俺は終始にこやかに合いの手を入れていた。

 

 慧の交友関係を広げよう作戦、大失敗。他の連中を呼ぼうとした瞬間、慧の表情が無表情でありながら迫力を発しだした。ふざけるな、と一言吐き捨てると慧はどこかへ行ってしまった。本気で怒ったようで、必死に謝ったがその日は一切返事が貰えなくなった。次の日、プレゼントを贈りつつ必死に謝ったら、なんとか絶対零度の視線だけは止めてくれるようになった。


 


 再会した初めての日、慧から慟哭と共に語れられた内容を思い出す。俺は二度と慧を離さないと誓った。それは贖罪であり、俺の懺悔である。所詮自己満足に過ぎないが、初日の慧との別れの時に見たあいつの表情がどうしても忘れられない。

 だんだんと感情が捉え辛くなっていくのが、何かあるのではと、灼けるような焦燥間を抱かせるには十分すぎた。


 そして、再会から土日を挟み一週間が過ぎた──



 

 月曜日、休日は学校に行くこともなく、慧の連絡先も住所も知らなかった俺は二日ぶりに慧と会うために足早に待ち合わせ場所へと向かった。

 待ち合わせ場所、とは俺が勝手に名付けたものだ。慧は必ず八時到着の電車に乗って登校してくるから、それに合わせて俺は改札口で待っている。

 しかし待ち合わせ場所、というのも間違いでないと思っている。何故なら初日こそひたすら目をギラギラさせて改札口を抜ける老若男女を見つめていた。が、二日目以降は八時少し前に到着するように時間を調節していているので、一本早くするだけで俺を撒けるのだ。

 それなのに、慧はそれをしない。気付いていないと思い、それとなく指摘してみても次の日構わず登校してきた。つまりそれは待ち合わせ場所と言っても過言ではないのではと思い、その日以降俺は待ち合わせ場所と言って阻からないのだ。

 

 

 そして今日、俺は寝坊してすっかり待ち合わせの時間に遅れていた。雪崩のように駅から排出される人の波に真っ向からあらがい、もといこそこそ端を通り人の邪魔にならないことを心掛けながらベクトルの逆方向へ向かう。


 時刻は八時二十分。慧が到着してすでに二十分が過ぎているはずだ。途中、慧と擦れ違わないか人の群を見ていたが、あの整いすぎた容姿は一度も見ていない、はず。今も、一定スピードを保つ群衆をねめつけるように見つつ、怪訝な顔で見られつつ歩いているが、やはりいない。

 しまったな、と頭を掻きつつ歩いていると、変なことに気がついた。駅近くのざわめきがいつもよりも大きいのだ。群衆の雑音が耳に入る。


 “なあ、さっきの子”“泣いてた”“綺麗”“なんで”“かわいそうに”“黒髪の彼女”


 嫌な予感がする。その特徴が、俺の知り合いな気がしてならない。ざわめく胸に勘違いだと言い聞かせながら、少し足を早めた。

 駅に入ったことで床の感触が堅いコンクリートから柔らかいタイルに変わった。度々“彼女が”“彼女が”と俺の耳をこじ開けて鼓膜を震わす。次第に足が速くなる。ざわざわと耳にねじ込まれる雑音を意識してシャットアウトして、走り出した。人が後ろに流れていく。群衆の一部がチラチラと振り返るのがわかる。わき目も振らず腕を振って。

 いないのなら、いないことを確認するだけ、と自分に言い訳をしながら。


 “声かければ”“かわいかったな”“無表情なのに”“やめとけ”“いつもの彼氏”


 どうして。心臓が早鐘を打つ。人に、ぶつかりそうになる。知ったことではない。危なぇ、と怒鳴られながら、すみませんと吐き捨てて走り出す。トロトロ歩く人間を追い抜いて、俺は改札口前にたどり着いた。

 そこは不自然なほどぽっかりと穴が空いた空間だった。老若男女の主に若男が遠巻きに見つめるその先に、彼女はいた。息を切って彼女に近づこうとすると、遠巻きに見ていた固まりが割れた。幾重もの目が俺を射ぬく。猜疑の目、嫌悪の目、好奇の目だ。様々な思惑を乗せた不躾な視線が俺に、彼女に集まっていた。

 

 彼女、慧は改札口前に立ち尽くして泣いていた。顔も俯かせても、表情も変えていないのに、涙だけが彼女瞳からツツと流れ落ちていた。


「慧!」


 モーゼの神話のように分かれた群衆の中心で、俺は慧の名を叫んだ。

 何故だ、どうして泣いている。誰にやられた。殴り飛ばしてやる。思考が目まぐるしく回るが、俺が叫べたのは慧の名だけだった。


「……たく、ま……」


 慧の顔が、壊れたブリキのような鈍重な動きで俺を見た。その目は、なにも写していない。絶対的な虚無が、慧の瞳に広がっていた。違う、なんなんだあの目は。慧は金曜日まであんな目をしていたのか。吸い込まれそうな昏い瞳。そこから流れる水晶の涙は、より彼女を人形のように見せていた。

 

 そこまで考え、自分の思考に慄いた。


 なにを考えているんだ俺は。慧が人形だって、冗談じゃない。慧の瞳に縛られた身体を遮二無二動かして、どうにか近づいていく。

 俺たちを囲む群衆が観衆に変わる。そいつらは確実に今の状況を楽しんでいた。誰一人、真に慧を心配していた人間はいなかったのだ。そいつらは悪意の第三者になって、俺たちを傍観していた。


「慧、なにがあった?」

 

 努めて平静な声で言う。もしも、この場に原因がいるのならば俺は冷静でいられる自信がなかった。今この時も俺は焦がれるような怒りに身を苛まれていたのだから。

 ダスマン共が銘々憶測を喚き散らしていた。それらは慧の名誉を著しく傷つけるものに他ならない。だからこそ慧には原因を話してもらいたかったのだ。


 違う。慧を連れ出すのが先だ。これでは見せ物ではないか。慧を無闇に見せ物にするのが俺の望みなのか。違うだろう。


 落ち着け。俺は焦っている。突然の事態に俺の正常な思考は、灼熱に炙られ燃えカスになっているに違いなかった。


 改札口を抜ける人々が、迷惑そうに顔を向ける。一人だけで慧が泣いていた時と違い、今は痴話喧嘩程度のものと思われているのだろう。人々の顔は一律して、不快そうに歪んでいた。


 慧はなにも喋らなかった。これ以上ここにいる意味はないと悟り、なにより気色悪い視線を慧に向けるのが腹立たしく、俺は慧の手を取ってここから離れようと思った。


「行くぞ」

 

 しかし、慧のだらりと下がった片手を取ろうとした瞬間、


「──触るな!」


 慧の手は激しく俺を拒絶した。まるで火中の栗のように突然に、俺の手は叩き落とされてしまった。


「慧」


 慧の目は血走っていた。親の敵でも見んとしているように、眼光鋭く俺を睨んでいた。呼びかけにも反応しない。

 慧に蛇蝎の如く嫌われてしまったのだろうか、と懸念も付き纏うがどうにも今の慧は尋常じゃない様子。どうにかして連れ出したいのだが、慧がそれを許さない。

 

 一体どうしたらいいのか。


 慧と俺との間で宙ぶらりんになってる右手が所在なさげに揺れている。


「おい、慧、おいってば」


 もう一度、呼びかける。慧は俺の手を払いのけた体勢から動かない。奇妙だ。慧はさっきからずっと俺を睨んでいながら、俺を見ていないのだ。俺が動けば、慧は誰もいない空間を睨みつけるだろう。

 

 その奇矯な事実に気が付くと同時に、慧の身体がグラリと揺れた。倒れる、そう思ったときには、俺の身体は慧のか細い身体を受け止めていた。 

 

「慧!」


 訳が分からない! どうして慧が倒れるんだ。慧は最初、確かに俺に対して返事をしたように思えたのに。


「くそっ!」


 悪態もそこそこに俺は意識のない慧をおんぶして走り出していた。いまだに好奇の視線を送り続ける阿呆共の壁を抜けると、俺の足は自然と学校に向かっていっていた。

 目的地は保健室。走れば十分だ。何故かこの時の俺は、慧をあの過保護な養護教員の元へと送り届けなければいけない気がしたんだ。



色々意味不明なところは次回か次々回にでも説明

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