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ツギハギのココロ


 ……どうして、僕はこうなってしまったんだろ。

 他人の視線から逃げるように電車の座席で俯いていた。注目を集めるのはいつものこと。だけど今は誰にも顔を見られたくない。他人になんて、絶対に。

 


 ──彼女と言ってしまったのは、本当に気が付いたらだった。自分でも制御できない衝動に任せていたら、いつの間にか。

 要は牽制。拓馬を好きになってしまった物好きのために、僕は最善の策を行使したまでだ。簡単にクラス公認になった。拓馬は挑むような瞳で私を射ぬいていたからどんな愉快な勘違いをしたのか、考えるだけでも心躍る気分だ。


 だが、問題はそこじゃない。


 私の学校内での行動には意味があった。意味を持って、拓馬に悪意を振りまいた。だというのに、


 私は歩きながら拓馬になんて言った?


 嬉しかったのに……なにを言っても、私に付いてきたくれたことが。拓馬だけは、僕を二度と離さないって教えてくれるから。

 ホントだったら、笑顔でお礼を言いたかった。

 ホントだったら、楽しくお喋りがしたかった。

 何年分もの、埋め合わせ。すれ違った分だけ、また仲良くなりたいのに。

 どうして、僕の心は拓馬に再会するまで保ってくれなかったんだろ。こんなにも、狂おしいほど想ってるのに。

 なにも伝えられない。なにも言うことが出来ない。

 口からでるのは、彼を罵倒する言葉だけ。心と身体が一致しない。それがこんなにも、苦しくて仕方がない。

 取り戻した感情は、きっと欠片だったんだと思う。壊れてしまったものの一部で、破片。きっと親愛だとか、恋心だとか、その辺だけの。中途半端に繋げられた心は、ツギハギだらけで、どうしようもないくらいばらばらなんだ。


 ……かと言って、とんでもなく落ち込んでるかと言われたら、そうでもなかったりする。

 理由は言わずもがな、あれですよ奥さん。


 うん。 


 ──あれ、告白と受け取っていいのだろうか。

 ……あれは、あれである。公衆の面前でやられたあれである。

 いや待て。早とちりするな。あれは友情的な何かだ。……でも男女の友情は成立しないってじっちゃんが言ってた。する、するのかな?

 というか、僕は拓馬にとってどっちなんだろう。男か、女か。確かに東雲としての私は女だ。でも、それ以上に拓馬の思い出では僕は男なはずだ。

 ……やはり、友情の範疇なのだろうか。あれだけの暴言を吐かれてもまだ親友と思ってくれてるのだろうか。だとしたら、嬉しいけど……でも……


 僕はふと流れる景色を見つめた。なにが見たかった訳じゃない。ただ、自分の意志とは無関係に進み続けるものに妙なシンパシーを覚えたにすぎない。

 流れていく景色の奥には、告白紛いが行われた駅が見える。電車に乗ってから何分もボケーとしていた時間があったはずだけどまだ見えるなんて、少し驚きだ。

 だが、その景色もトンネルに入るとすぐに見えなくなった。もちろん、出た後も。


 ……すごく、嫌な気分だ。


 ──まるで街にすら存在を否定されてるようで。


 どうせ家に着くまでまだまだ時間がかかる。

 寝よう。寝て起きたら、きっと夢なんて見なくなるから。


 いまさら、どうにかなるなんて思っちゃいないよ。


 分別くらいは、弁えてるつもりだからね。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ただいま」


 家に明かりはついていた。

 鍵だってしまっていなかったから、今家に家族の誰かがいる確定的に明らか。でも返事がないのも基本仕様だ。


 そもそも最初から返事なんて期待してない。


 バラエティ番組のどよめきが漏れる扉を無視して、静かに階段を上った。二階の一番奥、扉を三つすぎた場所に私の部屋はある。

 中は至ってシンプルだ。扉から正面にベッド、左側に机、右側に本棚、クローゼット、終わり。面白味の欠片もない無味乾燥さが売りの私の部屋。本棚の中身だけは充実してるけどね。

 ただ時間を浪費するために経営書からライトノベルまで揃ってるその本棚は、私の本質を表しているようだ。


 机の上には今日の夕飯が乗っている。


 私と親の関係はドライだ。互いに不干渉を貫いている。

 私は基本的に階下に降りない。親は基本的に二階に上がらない。その為に、一階と二階にトイレ、浴槽がある家を購入したと言っても過言ではない。私は二階で生活して、親は一階で生活する。

 冷めた親子関係だけど、その唯一の例外が食事だ。

 私が出かける日は帰ってくると必ず僕の部屋の机に食事が乗っている。暖かいときもあれば、冷めているときもあるけど毎日必ずサランラップが張ってあるお盆が置かれる。

 私が出かけない日は、部屋の外にお盆が置かれる音がする。だからその時間は決して部屋の外に出ない。 

 食事を終えたら、階段にお盆を置いておくと片づけてくれる。私はそれがあるから生きていける。それを勘違いして、不幸を気取るつもりはない。


 だけど意気地がない両親は嫌いだ。


 いつまでも私との距離間を計りかねて、いつまでも私を放置した。嫌われてはいないようだけど、突然態度が変わった両親に僕が傷つくのはたやすかった。

 

 大体、余計な気を回し過ぎなんだ。


 変に面会謝絶とかするから僕は勘違いするし、気を使ってみて僕を傷つけるし。それで私が台頭してくると、もっと両親はよそよそしくなるし。


 もっとがんがん来てくれれば、今みたいに心と身体の不一致に悩まなくて済んだんだ。うん、そうに違いない。


 む、今日の献立はカレーライスか。好物は好物だけど、スパイス香るこんなもの入れて置いたら部屋が臭くなるじゃん。

 ラップがあろうと漏れるものは漏れるんだし。


 とりあえずクローゼットからラフなズボンとシャツを取り出すと、それに着替えた。


 いただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 食事をしながら考えた。


 確かに僕は拓馬以外どうでもいいと思うようになっている。だけど本当にそれでいいのだろうか。


 というより、最初から本番は無理。本音を出す練習をしなければ到底あの状態から回復できる気がしないよ。

 だってあれ、ツンデレとか言うレベルじゃない。

 あの声、あの言いようは本気で僕が怒ってる、もしくは蛇蝎の如く嫌ってるときのものだったもの。


 拓馬だって気づいてるだろうし……まぁ、それでも……うん。こ、こここ告白紛いのものしてくれた、けど。


 ……結局中途半端なんだよ。


 食事をしている手が止まる。


 また、またすれ違ってる。


 歯車が噛み合ってない。


 だってのに、勝手に動き出して。

 

 僕の意志は無関係に。


 スプーンからボトボトとこぼれ落ちていくカレーが目に写った。


 なぜか悔しくて、僕はカレーをかき込んだ。


 ……しょっぱい。


 考えることを止めてから、幾ら経ったんだろうか。


 それは今考えれば、とても幸せだったのかもしれない。モノクロームの世界は面白くないけど、怖くなかった。失う怖さを恐れる必要がなかった。


 一度色を失った世界は、また色を手に入れてしまった。


 歪で単一色に近いけど、それでも僕は思いだしてしまった。


 時計の針は逆転しない。

 

 歪んで、歪んで、歪みきった私の心は、形状記憶合金もかくやという勢いで、歪みを取り戻そうと僕を引き裂いていく。


 いやだ、戻りたくない。

 知ってるさ。気づいてる。何年もかけて丹念に壊された私の心が、一日やそこらで直るわけがない。拓馬の裏切りや両親の無関心は結局の所、一要因でしかなかった。

 

 その証拠に、僕はもう保健室の先生に手紙を出す気が微塵もなくなっている。なにも思いつかないのだ。お礼の言葉も、謝罪の言葉も、感情が、ない。拓馬に対する執着だけで、私は今を生きている。


 それは吐き気がするほど切なくて、喉を掻き毟りたくなるほど心が寒い。


 もうやだ、疲れたんだ。

 



 ──ツギハギだらけの切り張り歯車。


 ──キシキシ悲鳴が聞こえてさ。 


 ──ボロボロ部品ココロがコボレてる。


 ──ブリキの少女に心はあらず。


 ──外部パーツで賄って。


 ──見かけ倒しの自動人形オートマタ

 

 キシキシキシキシキシキシキシキシ……


「……助けてよ……たくま……」


 慟哭は誰にも届かない。


 階下の笑い声がやけに鮮明に聞こえた。

諸事情により、八月中旬頃まで更新止まります。



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