当たり前がずっと続く訳じゃない
ひそかにリメイク
「ん?どうした、腹、痛いのか?」
「そう……なのかな?なんかお腹に違和感があってさ」
「おいおい……サッカー部の次期エース様が体調管理ぐらいできなくてどうする」
「僕と拓馬二人合わせて、でしょ?それにこれくらい何でもないよ」
「……はぁ。で、その癖はどうする? 相っ変わらず分かりやすい癖でお兄さん助かるけど、僕無理してまーすって声高に主張されてちゃねえ?」
「……そこは見て見ぬ振りが優しい選択じゃないのかな?」
「そうかそうか、お姫様抱っこで保健室に連れていって欲しいと言うのか。我が侭な奴め」
「今日は体調が優れないようだ。部活は休むと言っておいて」
「ああ。気をつけて帰れよ。変態さんがお前をお持ち帰りするかもしれないからな」
「……だから拓馬はモテないんだね」
「や、やめろ! 俺をなま暖かい目で見るんじゃない! 俺は、俺は残念じゃないんだー!」
「ふふっ、まいいや。心配してくれてありがとね。帰るよ」
「おう! 早く元気になれよ! みんなも心配する。俺なんて夜も寝られなくなるからな。俺の安眠の為にも、早く良くなれ」
「……うん。また、ね」
「おう、またな」
中学生二度目の春。
夕日が射し込む教室での何気ない会話を思い出す。
それはいつまでも続くと思っていた日常の残滓で。二度と手に入らない、親友との幸せだ。そして、俺が愚かな証でもある。
あの頃の俺は次があることを疑わなかった。日常はいつまでも地続きで、それが不意に途切れることがあるなんて思いもしなかった。
ああそうだ。
だから俺は慧が入院したときなにもしなかった。驚き心配したけど、それだって面会に行って、面会謝絶の一言ですごすご引き下がる程度のもの。
誰よりも大事な親友だったのに。
命に別状がない? ならなんで面会謝絶なんだよ。どうして俺はそれに納得したんだ。無知で愚図で阿呆な俺は、あろうことか親友よりも遊ぶことを取った。
大丈夫、しばらくしたらひょっこり帰って来るさと楽観視して、大きな大きな溝を作った。
それは気付かない内に成長していて、俺と慧との間に奈落のような深淵を覗かせる溝が。
次なんてあるはずがない。
俺は慧がいないことが非日常だと思っていた。気が付いたら、慧がいないことが日常になっていた。
その時になってようやく考えの甘さを悟り、全てが遅いと知った。
その代償は慧の転校及び転居という、中学生からしたら絶望的な報せだった。
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夕焼けの教室以来俺は慧と会うことが出来ていない。何かがおかしいと思ったときには、慧の病室に慧はいなく、転校の報せが届いた。
すべてが遅きに失した。
担任に土下座してまで住所を手に入れようと思ったが、担任は決して俺に住所を教えようとしなかった。なんでも慧の両親が誰にも教えるなと、念を押したらしいのだ。
ならばと、中学生らしい無鉄砲さで誰もいない時を見計らい職員室に密かに侵入して担任の机を漁った。しばらくして目的の物は見つかったが、俺は教師に見つかってしまった。まだ県と市くらいしか見てなかったのに、くそっ。
親呼び出しの厳重注意で済んだのは幸いかもしれない。
両親からはもっと上手くやれ、どうして住所をしっかり覚えていないんだと怒られてしまったし。
当然、二度とその住所が書かれた物を俺が見ることは叶わなかった。つまり俺に残されたのは大まかな場所だけ。
それでもいいと俺は何度も足を運ぶことになる。
何度も、何度も足を運んでも、慧の影一つ捉えることも出来ずに立ち去るしかなかった。
ある日心配した友人が“なぜそうまで焦るのか”と聞いてきた。
愕然とした。
俺は焦っていたようなのだ。気付いていなかった。ただ、漠然とした不安に突き動かされ、ある種強迫観念のように慧を探していたんだが。
なるほど、確かに俺は焦っていた。
立ち止まって考えてみると見えなかったものが見えるようになった。不透明だったものが。
漠然とした不安の正体、それは他ならぬ慧のことに違いない。俺の不安は一つに集約している。
なぜ、慧が俺になにも言わなかったのか。
言わなかった? それは本当か。慧が、親友が、俺になにも言わずに去るなんてことがあり得るのか? あの律儀を絵に描いたような親友が?
ありえない。そんなことは、慧が慧である限り、ありえるはずがないのだ。
ならばどういうことか。それなら、
言わなかったのではなく、言えなかったのではないのか?
今更どうこう言っても、嘘くさく聞こえるかもしれないけれど、何度も言おう。
俺は慧と親友だったのだ。慧と過ごした記憶は誰よりも、長く、誰よりも深いと自信を持って言える。
その慧がなにも言わずに立ち去る?
ナンセンスだ。それには必ず何らかの──
……理由は分かってる。
転校してしまう程の話なのだ。直接会って、面と向かって言いたかったに違いない。だのに、どこかのクソ野郎は会いに来なかった。
この場合、面会謝絶なんて言い訳にもならない。
入り込む方法は、きっと探せばあったはず。それをしなかったのは、ここにいる俺だ。
一番辛いときに、俺はあいつの側にいてやれなかった。
のうのうと、遊び呆けて、それで、きっと俺はあいつを傷つけた。言葉よりも鋭利な刃で、あいつを。
言いたい言葉言わせてやれずに、立ち去らせてしまったのは他でもない、俺自身だ。
慧からの連絡は、たぶん絶望的。
謝らないといけない。だから、会いに行かねばならないのだ。
……これだけ長いことを言っておきながら、全て想像に過ぎない。あいつは俺との再会を望んでいないのかもしれない。
会いに来なかった俺を見限ったか、それとも俺はあいつにとってその程度でしかなかったのか。
だが、それは会いに行かない理由にならない。
俺が会いに行きたいから行く。謝りたいから謝る。
そこに慧の意志が挟まる要素は微塵もないのだ。
俺は傲慢だ。なにを言われようと、だからどうしたと鼻で笑ってやる。
だってあいつは“またね”と言った。
会いに行く理由としては、これ以上ないほど上等な代物だろ?
あいつが困ろうと知ったこっちゃないね。俺が会いに行かなかったのは、確かに俺が悪い。
だけどな、なにも言わずに去るってことを肯定する気はねえんだよ。慧? 俺は怒ってるんだ。俺にもお前にも。
今さら“はい、そうですか”って引き下がれるかよ。
それにこの一年間で成果がまるでなかったわけじゃない。
あいつの学力で行きそうな学校、かつそれほど裕福でないので公立の高校。めぼしいものはピックアップ済みだ。
……というか、昔聞いた覚えがあるし。
さあ、覚悟しろ。
必ず見つけてやる。
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