9話「長い金髪には悪意が宿っています」
長い金髪をなびかせて、まるで自分が王族であるかのように我が物顔で王城内の廊下を歩く――そんなルルネはかなり我の強い人間で少しでも気に食わない者がいればすぐにその者を排除しようと動き出す特性がある。
「ちょっとあなた、いいかしら」
「え……」
すれ違いざまに一人のメイドに声をかけるルルネ。
いきなりのことに驚くと同時に表情を固くしてしまうメイドだったが、ルルネは敢えてそこへ意識を向け言葉を発することを選ぶ。
「なーによその顔。もしかしてあたしのこと良く思ってない? このあたしが声をかけてあげたっていうのに」
ルルネは嫌みたっぷりに言い放つ。
「そ、そのようなことはありません!」
「でも明らかにそんな感じだったわよ? 嫌そうっていうか……ねえ」
「誤解ですっ」
「あら。あたしが間違った認識をするような女だっていいたいの? あたしはもうすぐガオンの妻になる女よ、その女に対してそういうことを言い放つなんて……あなたって常識ないのね。……ま、そんなだからいつまでもただのメイドなんでしょうね」
一気にそこまで言いきって、ふ、と唇に笑みを滲ませるルルネ。
「あなたのこと、知ってるわよ」
それまでより低い声。
どことなく恐ろしさを感じさせるような調子だ。
「無礼で、無能で、どーしようもない女なんですってね? 同僚が言っていたわ。それに、あたしも前から実は思っていたの。……鬱陶しいやつがいるなー、って」
「申し訳……ありません」
「今さら謝っても無駄よ。あなたが鬱陶しいやつであることには変わりないのだから。何でも謝って済むと思わないことね」
メイドは俯いて黙り込んでしまった。
ただ、そんな最悪とも言えるような空気の中でも、ルルネは言葉を勢いよく発することを躊躇わない。しかもその内容も。躊躇いなく、迷いもなく、思ったことをそのまま言葉に変えて口から出す。
「このあたしを不快にさせた罪、それが一番重くて大きな罪なのよ!」
……しかも高圧的に。
「あたしが未来の王妃だってことは分かっているでしょう?」
「は、はい」
「なら、そのあたしを不快にしておいて王城にはいられない、って……それも分かるわよね?」
「で、ですが」
「言い返そうとしてるんじゃないわよ!!」
「っ……」
「あなたはメイド。所詮奴隷みたいなものよ。しかも特に出来損ないなんだから、ここで長く働かせてもらってきただけでありがたいことでしょう! ね! それなのにこのあたしに言い返そうとするなんて、一体どういう頭をしているのかしら? ふざけるにもほどがあるわ!」
ルルネは気に食わない人間へは容赦しない。
同性相手だと特に。
そういう時の彼女の行動は、言いたいことを言う、なんて生温いものではなくて。わざわざ嘘を使ってまで悪口を言い広める、だとか、親しくしている人間を利用して対象者を追い詰める、だとか、そんなことも朝飯前。今に始まったことではないが、ルルネは、気に入らない人間を排除するためなら何だってするような人間なのだ。
「決めた。あなた、辞めなさい」
「ぇ」
「あなたは邪魔なの。存在価値がないの。だから、すぐに消えて。あたしの視界には二度と入ってほしくないし、この王城にいる資格はあなたにはないわ。それに、皆もあなたのことを良く思っていないようだし」
「ど、どうして……どうして、そのようなことを……」
「みーんな思ってるわよ。あなたのこと、くだらない人間だって。あたしこれまであなたについて色々聞いてみていたけれど、皆、あなたのこと悪く言ってたわ」
メイドはようやく口を開き「そんなこと……う、嘘でしょう、さすがに! そのようなこと、言われたことはありません……! 聞いたこともありません……!」と懸命に言葉を返したけれど、ルルネは「うるさいわねぇ、メイドの分際で偉そうなこと言ってんじゃないわよ」と冷たく発して睨むだけ。
「あなたはクビ。今この時をもって。このあたしがそう決めたのだから、さっさと荷物まとめて出ていって。バイバイ!」
こうしてまた一人ルルネの被害者が生まれた。
今日に至るまでにもこういうことは多々あった。
何もこれが初めてではない。
偶然か必然かは定かでないものの対象者はほぼ女性だったが――何人もの王城で働く人間がルルネの勝手な判断で強制的に失職させられてきた――しかも大抵優秀な者がそういう目に遭わされるのだから世の中とは理不尽なものである。