3話「救世主現る……そんな感覚です」
艶のある黒髪が印象的な男性が凛々しさのある目もとに力を入れるように睨むと、ルルネは少しばかり気まずそうに私から手を離した。
ただ、その行いを反省したというわけではないようで、不満げな色を面に濃く滲ませて「何よあなた。急に」と呟くように発している。
「誰に向かって言っている」
「はぁ?」
「我が名はアイルティストン・ロイーズィ」
髪と同じく深みにある黒をした瞳から放たれる圧はかなりのもので、さすがのルルネも多少圧されている様子。
「アイル……って、まさか!?」
「恐らくそうだろうな」
「アイルティストン・ロイーズィって、隣国の王じゃない!」
「正解、だ」
彼の存在を私は知らなかった。けれどルルネはそうではなかったようだ。彼女の狼狽えぶりを見るに、彼は貴い人なのだろう。そして権力ある人物なのだろうとも容易く想像できる。
「もーっ、先にそれを仰ってくださいよぉ!」
急に言動パターンを切り替えるルルネ。それまでの反抗的な様子はどこへやら、媚を売るような声を出し始める。黒い本性は奥深くへ隠し、愛らしい自分を演出する。
「お会いできて嬉しいですぅ、陛下っ」
「触るな」
どさくさに紛れてボディタッチしようとするルルネだったがアイルティストンはそれを冷ややかに拒否。
「無礼な女だ」
彼はそう吐き捨てた。
自分の作戦が成功しそうにないと判断したらしいルルネは「ではこれで失礼しますっ」なんて言いながらそそくさと去っていった。
その場に残されたのは私とアイルティストン二人だけ。
き、気まずい……。
これは大変気まずい状況だ。
なんせほぼ他人と二人きりになってしまったのだから。
「あ、あの……すみません、ありがとうございました」
「怪我はないか」
「はい。ありません。おかげさまで……無事です、助かりました」
もしも自分がもっとコミュニケーション能力が高い人間だったら、と、何の意味もないような想像をする。そして少しだけ落ち込む。自分のコミュニケーション能力の低さに。
もっと器用に話すことができる人間であれば、たとえこのような状況下にあろうとも気の利いた話の一つでもできるだろうに――そんなことを思うのだけれど、どうしようもない。
「よければこの後お茶でもどうだろうか」
……ナンパ?
いや、それはないだろう、さすがに。
一国の王がわざわざ隣国へ出向いて女性を引っ掛けるなんてそんなことをするとは思えない。
「え……っと、それは……どういった」
「王子との婚約は破棄になったのだろう?」
「あ、はい、そうです」
「ならばお茶くらいであれば問題ないのではと思うのだが」
暫し沈黙があり。
「ああ、そうだった、すまなかった。物事には順序というものがあるな。……では改めて。我が名はアイルティストン・ロイーズィ、ロイーズィの現在の王だ」
彼はそんな風に自己紹介を含む言葉を並べた。
「リマリーローズと申します」
「既に知っている」
何とも言えない空気が漂う。
「すみません」
「いやいい」
お互い短い言葉だけを発し合った。
「いきなりで失礼かもしれないが」
「何でしょうか」
「貴女は女神パパルテルパナリオンの加護を受けていると聞いた」
意外なところに触れられて目が飛び出そうになる。
……いや、この程度で眼球が飛び出すなんてことはさすがにない、あくまでそういう表現を使っただけで。
ただ、目の前の男性が私の事情を知っているとは思わなかったのでかなり驚いた、それは事実である。
「パパルテルパナリオンをご存知なのですか?」
「ああ。この国の創始者とも言える存在だろう、近隣諸国でも有名だ」
そうだったのか……。
どうやら女神パパルテルパナリオンという存在は思っているより有名な存在だったようだ。
「偉大な女神だそうだな」
「はい……私も実際に会ったわけではないので詳しくは存じ上げないのですが、伝承によればそのようです」
「そのことについてもできれば少し聞かせてほしいのだが」
「それでお茶を?」
「ああ。一つは、だが。それもある」
段々話が見えてきた――気が、する。