18話「王妃は冴えています」
謎の出来事が起こった夜は過ぎ、翌朝。
とてもよく晴れた日だった。
しかしそんな快晴すら曇らせるような事件が王城にて発生する。
「へ、陛下! 奥さまのお姉さま方が何者かに殺害されました!」
「なぬ」
「犯人は不明なのですが……そ、その、実は……血のメッセージが書き残されていまして……」
室内の空気が凍りつく。
「意味は分からないのですが『女神パパルテルパナリオンからの復讐』と……」
国王も、その妻も、そして報告係の男性も。
誰もが青ざめている。
日頃であれば穏やかそのものな室内に流れている空気も乾いた冷たいものだ。
「これは……もしや」
「もしかしたら昨夜の件と繋がりがあるかもしれませんわね」
緊張感に満ちた空気の中で国王夫妻は視線を重ねる。
「一度ガオンに話を聞くこととしようか」
「それが良さそうですわね」
――そうして国王夫妻に呼び出された王子ガオンは。
「ルルネがそうしてほしいって言うからやっただけだよ」
今日に至るまでに起きたことをすべて明かした。
「父さん、母さん、それが何だって言うんだい?」
ガオンはまだ気づいていない。
自身の行動によって国にとんでもない災厄が舞い降りようとしていることに。
それゆえ己の悪行を隠すことはしなかった。
これまで特に話してこなかったのは聞かれてもいないのに敢えて自分から話すことではないと思っていたから、ただそれだけで。
問われたなら明かす――そういうスタンスだった。
「なんてこと……」
「ガオン、お前、なんということをしたんだ……」
ガオンがリマリーローズへ刺客を送り殺そうとした。その事実を現実のものとしてその目で見て。国王夫妻はその時になってようやく昨晩パパルテルパナリオンを名乗る謎の女性が言っていたことを理解する。
とてつもなく恐ろしいことをしていた――。
「婚約破棄した相手を殺そうだなんて……ガオン、あなた、自分が何をしたのか理解していますの?」
「何だよ母さんそんな青い顔して」
「そういう問題ではありません! 刺客を送り込むなんて……そのような悪しきことを、よく平然と行えましたね!」
王妃は怒りに満ちた目をしている。
そしてその隣にいる夫である王も静かにではあるが複数回頷いていた。
「言い出したのはルルネなのですね?」
「そうだよ」
少し間があって。
「分かりました。ではルルネを呼びなさい。今すぐ、ここに」
王妃は言い放つ。
「え……や、ちょ、それは……」
「呼ぶのです」
「で、でも……その、約束してないし……」
「もしや、ルルネが言い出したというのは嘘なのですか?」
「違うッ!! それは! 断じてッ!!」
「ならば呼び出しなさい。本人に話を聞きます。ですから早く」
急かされるがすぐに対応はできないガオン。気まずそうに目の前の母親から視線を逸らしつつ「……る、ルルネは、悪くない」と呟くように発する。それは今の彼にとってできる限りの抵抗であり、また、大切な存在への擁護であった。
だがそのような生温い対応で母親を納得させられるわけもなく。
「早くしなさい」
とてつもなく冷ややかな視線を向けられて。
その静かな圧力に耐え切れず。
ガオンは仕方なくルルネを呼ぶことにしたのだった。
「お義父さま、お義母さま、どうされましたっ?」
何も知らないルルネは満面の笑みで三人が待つ部屋へ入ってくる。
知らないということは時に幸福なことだ。
これから待ち受ける恐ろしい展開を知っていたならこんな風な振る舞いはできなかっただろう。
もしすべてを知ってそこへやって来ていたとしたら、きっと、既に胃がひっくり返るような苦痛に見舞われていたことだろう。
彼女はまだ恐ろしい未来を知らず、それゆえ、楽しげな心を持っていることができている――そういう時間があることは彼女にとっては束の間の幸せであったに違いない――ただし、その先にあるものは変わらないので、いずれは恐怖へと踏み込むこととなるのだが。
「ルルネさん、貴女、元婚約者のリマリーローズさんを消すようガオンに頼んだそうですわね」
「え……」
「一体どういうことですの」
「お、お義母さま……? あの、何を、言って」
「隠す必要はありませんよ。既にガオンから聞き取りは済ませていますもの、今さら貴女がごまかしたところで無意味です」
ルルネの顔面が硬直する。
「ガオンとリマリーローズさんは現在はもう無関係です。裏で繋がっているわけでもありませんわ。なのにどうしてリマリーローズさんを消したいのか――我が王家を巻き込む以上、その点については説明していただきたいところですわ」