17話「時に不思議な出来事も起こるものです」
ルルネに頼まれてリマリーローズのもとへ刺客を送り込んだガオンだったが、結局その企みは失敗に終わった。
その日の晩。
王子ガオンの両親である国王と王妃の前に女神パパルテルパナリオンを名乗る謎の女性が現れる。
清らかな白色のローブをまとったその女性は、曖昧な輪郭で、実在する人間のような姿ではない。が、その一方で意識ははっきりしている様子であり、その艶やかな唇から放たれる声には芯がある。単なるお化けなどではない、と、素人が見ても分かるほどに。
『聖女リマリーローズに死をもたらそうとしたあなたたちを絶対に許しません』
女神パパルテルパナリオンは低くはないが地鳴りのような凄みのある声で言い放つ。
「な、なんだ……? 一体何を言っているんだ、君は……?」
国王は突然のことに動揺している。だがそれも仕方のないことである。というのも、リマリーローズ暗殺の件について彼は何一つとして聞かされていないのだ。息子がそんな罰当たりなことをしているだなんて欠片ほども想像しておらず、それゆえ、国王は何を言われているのか理解できずにいる。
「お前、何か知っているか?」
「いえ……わたくしも何も聞かされていませんわ」
理解不能な状況にただ戸惑うことしかできない国王は妻である王妃に尋ねるが、王妃も何も知らないので、二人で言葉を交わしたところで何がどうなっているのか理解することができない。
「失礼ながら、何を言われているのか分からぬのだ」
「息子が婚約を破棄したこと……を、怒っていらっしゃるの?」
二人ともリマリーローズのことは知っている。
だがそれ以上のことは何も知らない。
知らないふりをしているわけでなくて。
本当に何も聞かされていない。
『あなたがたには未来永劫天罰が下り続けることでしょう。この言葉をお忘れなく。……覚悟していてくださいね』
そこまで言って、女神パパルテルパナリオンは消えた。
「あなた……」
「何だったんだこれは」
国王夫妻は改めて目を合わせる。
「確かに見えましたわよね」
「ああ」
「わたくしがどうにかなってしまったわけではありませんわよね……?」
「心配するな、確かに見えていた」
二人の顔色はあまり良くない。
「なら良かった……とはいえ、正直、あまり良かったとは思えませんわ」
「ただのいたずらなら無視するところだが……」
気味の悪いことが起こったのだ。
即座に穏やかな心には戻れない。
「そうは見えませんでしたわね」
「同じく」
「やはり……そうですわよね」
「完全に。同感だ」
女神の去った静寂に、何とも言えない空気が流れる。
「このことについては注視しておく必要がありそうだな」
「そうですわね」
「お前、あまり恐れるな。我々は夫婦なのだから支え合えば良い。そんなに青ざめる必要はない」
「……そうは仰るけれど、あなたも青くなっていらっしゃるわ」
国王は、はは、と乾いた笑いをこぼす。
「そうだな。正直今は混乱している。だが国の頂に立つ者が些細なことで狼狽えているようでは問題だろう」
「……そう、ですわね」
「狼狽えたくとも狼狽えられない、そういうこともあるものだ」
「わたくし、余計なことを……申し訳ありません」
「いやいいんだ。おかげで少し力が抜けて勇気が湧いてきたよ。すべてお前のおかげだ、感謝している」