16話「美味しさという感動がここにあります」
美味しいものとは素晴らしいものだ。
食べれば食べるほどに心に明るい光が溢れてくるかのよう。
楽しくて、嬉しくて、といった感じで。上手くは言えないけれど、純粋に身も心も喜んでいるような、そんな感覚がある。
一口食べ進むごとに軽やかに心が弾む。
ただ、本当に美味しいものを食べている時というのは「美味しい!」とか「凄く好き!」とかそう言った気の利いたコメントはできなくなってしまうものだ。なぜなら食べることに夢中になっているから。人は大変美味しいものを食している時、食べることばかりに意識が向いて、他のことへの意識の向け方は控えめになってしまうものなのである。
「気に入ってもらえそうか?」
そんな風に問われて、正気を取り戻す。
「あっ……は、はい。美味しいです。とても」
口の中にサンドイッチを詰めたまま視線だけをアイルティストンの方へと向けた。
「……そのようだな」
少しばかり呆れたように笑みをこぼされる。
「なんとなくだが伝わってくるものがある。……だが良かったよ、安心した。気に入ってもらえたなら何よりだ」
取り敢えず数回頷いておく。
――それからもしばらくは夢中で食べ進め。
「あっという間に空っぽになってしまったな」
「すみません……」
気づけばランチボックスは空になっていた。
あんなにあったサンドイッチはもうひときれも残っていない。
「いや、いいんだ。君が気に入って食べてくれたのだから、それはとても嬉しいことだ。それ以上の喜びなどありはしない」
「ですが……アイルティストンさんあまり食べられなかったのでは……」
「わたしはそれほど大食いではない。ゆえに問題ない。ささっと軽く食べる程度で問題なしだ」
失礼なことをしてしまったのではないか。
不快感を与えたのではないか。
そんな風に思って、不安だったけれど。
アイルティストンの表情を見ていたら、そんなことはなさそうだな、と思うことができた。
というのも、今の彼はとても穏やかで優しさのある顔をしているのだ。
激しい感情が溢れるような顔つきではない。むしろ逆、どちらかというとかなり淡白。あっさりとした表情なのだが、その中に、春の訪れを告げる風のような柔らかさのある色がじんわりと滲んでいる。
「特に美味しかった具があれば参考までに教えてほしいのだが」
「具、ですか?」
「ああ。今後の参考としたい。どういうものが気に入ってもらえるのか」
即座には答えられず。
暫し考え込んでしまったけれど。
「チキンが美味しかったです。全体的に。味付けも色々でしたが、マスタード系の味付けのものが特にそれが好きでした。やや甘めなソースとチキン、という組み合わせは、個人的には美味しく感じやすいように思います」
「ほう」
「あと、シャキッとした葉野菜もほどよいアクセントになっている気がしました。野菜大好き人間ではなくても、ああいった心地よい食感というのは、食事に彩を与えてくれる気がします」
「ふむ」
考え込んだ分だけ言葉を紡ぐことができそうだ。
「そうですね、他には……炙りサーモン? みたいなものもありましたよね」
「ああ、あれは我が国で人気の具だ」
「それも美味しかったです!」
「文化的にどうかと思ったが受け入れてもらえたようで安心した」
一度話し始めるとどんどん言葉が溢れてくる。
美味しさという感動を言語で表現するということは難しいことではあるけれど同時に楽しいことでもあるのだ。
「塩辛いベースの味付けと炙ることによって生まれる香ばしさやちょっとしたクセのようなもの、そのバランスが絶妙でした。個人的には、サーモン本体にしっかり味をつけることでほぼソースなしでも味が薄くなっていないというところが画期的でした。パンの味にも負けていませんし。素材の味を活かしつつ、しょっぱさで食欲を掻き立ててくれるような、そんなところが魅力的でした」