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15話「ありがとうございました」

「そうか。それもそうなのかもしれないな。だとしたらわたしがしていることは思いの押し付けか。申し訳なかった」


 怒られるか。

 幻滅されるか。

 不安の渦のただなかにいたのだけれど、アイルティストンはそんな風にさらりと流してくれた。


 その寛容さに心奪われそうだ。


 貴い人なのに他者の心を理解しようとしてくれる。そんなところが良い意味で大変印象的で。そんな風な優しさを発揮してくれる人を目の前にした時、人は、悪い印象を抱くはずもない。思いやりの偉大さを改めて感じる。


「だが、本当に、気にしないでほしいのだ」

「アイルティストンさん……」

「わたしはわたしがすべきと思うことをしたまでなのだから」


 アイルティストンの顔つきは愛想を振り撒くようなものではない。しかしその静けさの奥に無限の優しさが宿っていることを私はもう知っている。だから、たとえ彼がそんな表情をしていようとも、彼を冷たい人だと思うことはないのだ。見た感じの、夜の湖畔を連想させるような静けさの、その奥にある温かさを私は既に理解している。


「……ありがとうございました」


 だからこそ、ここは素直にお礼を言おう。


「護っていただいたこと、感謝しています」


 彼の優しさに私が返せることはそのくらいしかない。


「ではそろそろ食事としようか」

「食事ですか?」

「ああ、実はランチを持ってきている」

「そうなんですか!?」


 アイルティストンは片手をすっと挙げた。


 すると後ろの木々の隙間から使用人らしき男性が一人現れる。

 その手には数段はありそうなランチボックスを布で包んだものが。


「お食事の用意でしょうか、陛下」

「よろしく頼む」

「承知いたしました。では準備を開始いたします」


 護衛以外にも連れてきている人がいたのか……、なんて驚いたのは、私の中だけでの秘密にしておこう。


 白髪交じりの紳士、といった容姿の男性は、そそくさと準備を始める。


「君に気に入ってもらえるメニューだと良いのだが」

「恐らく美味しいのではないかと想像します」


 自然の中での食事。それは稀なことではないだろう。お出掛け先で、山歩きの中で、そういったことは時にあることだ。


 だが相手が一国の王となれば話は変わってくる。

 王という高貴な身分の人と対面し、共に屋外で何かを食べる――そういった経験というのは誰にでもできるものではない。


「わぁ……!」


 ランチボックスの中は花畑のようだった。

 様々な具のサンドイッチが詰め込まれているのだが、その脇にはさりげなくも可憐に小さな食用花が添えられている。


「とっても綺麗ですね!」

「花も食べられる」

「素敵です……! でも、私、食用のお花ってあまり食べたことがないんです」

「それはわたしもだ。食用と言われても何となく食べる気にならなくてな。基本的には飾りと捉えている」

「綺麗なものは食べるの惜しいですよね」

「ああ。だが君が食べたければ食べてもらって問題ない。君の好きなようにしてもらえれば」


 こんな準備をしてきてくれていたのか。

 そう思うだけで感動してしまう。


「遠慮せず、好きなものを食べるといい」


 まずは手を拭いて。


 取り敢えずサンドイッチを。

 詰め込まれた中から一つ取り出してみる。


 パンはふわふわ。指先から広がる無限の夢。具は特に選ばず手に取ったが、どこからどう見ても美味しそうだ。


 何が挟まっているか、あまり考えずに食べてみるというのも面白い。


「ではいただきます」


 一気にかぶりつく。


 迷いなど捨てて。


「やっぱり美味しい……!」


 最初は瑞々しいキレの良い音がした。

 それはきっと葉野菜を噛み切った音なのだろう。こんなにも爽やかな、水が迸るような音がするということは、新鮮な野菜が使われているものと思われる。


 そして口に入ってきたのは香ばしさを感じられる味わいのチキン。

 じゅわっと広がるほどよい油が口腔内を潤してくれる。


 質の良くない油であればべたついて不快だろうが、このチキンに関してはそういう不快感は一切ない。

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