14話「突然のことで驚きましたが」
アイルティストンと共に木々の狭間の道を歩いていたのだが。
「命、頂戴する!!」
――突如現れた覆面の男に襲われて。
「え」
その手に握られていた刃物が私へ襲いかかる。
鈍く光る刃。
生命を刈り取るための毒々しい煌めき。
何が何だか分からず、足が動かない。いきなり刺客に襲われるなんて経験がないから。こういう時、こういう瞬間、どんな風に動けば良いのか。戦えはしないにしても経験があれば少しはどうにか動けただろうに。今はただ立ち尽くすことしかできず。逃げることも抵抗することもできず。愚かなほどにじっとしていることしかできなくて。
「危ないッ」
――と、その時、隣にいたアイルティストンが腕を掴んで引き寄せる。
「くっ」
直後刃物が彼の肩を斬った。
「どういうつもりだ」
アイルティストンは私を引き寄せたまま覆面の男を鋭く睨む。
「なぜ彼女を狙う」
「し、知らねぇ! けどこっちは任務なんだよ! 失敗するわけにはいかねぇんだよ!」
「ふざけたことを」
「とっ、とにかくっ、そこをどけ! 狙いはお前じゃねぇんだ、邪魔すんな!」
――どうして私が狙われる?
「悪いがここを退くわけにはいかない」
もし刺客に襲われるとしたらアイルティストンだと思っていた。
……そういうものだと思い込んでいたのだ、勝手に。
命を狙われる人間というのは高貴な人間。身分、地位、権力、狙われる様々だろうが、一般人として生まれた人間がその生命を狙われることなどありはしないと。そんな風に勝手に思い込んでいた。
でもそれは間違いだった。
「ならお前ごと仕留めることになるっ!」
覆面の男はアイルティストンが相手でも容赦なく襲いかかる――が、その手に握られたものが傷を増やすより早く、後ろからついてきていた護衛が覆面の男を地面に押さえ込んだ。
「ぐぎゃ!」
さすがは護衛、慣れている。
「は、はな、はなっ……離せよ、おい! おい、頼む! 離してくれ! こんなことしてる場合じゃねえんだって! やめろって! やめてくれよ! おい! おいおいおい、おいよぉ!」
覆面の男はあっという間に身動きが取れない状態に追い込まれた。
「もう問題ない」
「……アイルティストンさん! お、お怪我を」
敵がさらなる攻撃を仕掛けてくることはないだろう。その安心を得られた途端にそれまで思考のうちの止まっていた部分が一気に動き出す。そしてそれはある種の慌てや混乱のようなものを生み出した。変におろおろなってしまう。言いたいことがたくさんあって、けれども速やかに言葉に変換することは難しくて。取り敢えず思いつくことから順に口から出す、というような形になってしまった。
「気にする必要はない」
彼はそう言ってくれたけれど納得できない。
「い、いえ! そういう問題ではありません! 貴方は一国の王なのですよ、その身に傷がつこうものなら――」
言いかけて。
「今は何も気にするな」
口を塞がれる。
そこまでされるともうどうしようもなくて。
その手を押しのけてまで言いたいことを言うということは私にはできなかった。
「不審者は拘束しました!」
「ありがとう」
「陛下、負傷なさったのは肩だけですか?」
「ああ」
「ではそちらのお手当てをいたします!」
散歩は一旦中止になり、アイルティストンの肩への応急処置が始まったのだった。
どのくらい時が流れたのだろう。
やがて応急処置は完了した。
そして平穏が戻ってくる。
「急なことで大変だったな」
「あの……狙いは私、だったのですよね。それなのにアイルティストンさんにお怪我させてしまって……」
失礼のない言葉選びを吟味してスムーズに言葉を紡げずにいると、彼は「いやだから気にするなと」と淡々とした調子で言った。それに反射的に反応してしまった私は「そう言っていただいたとしても、気にしてしまいます!」と思いの外鋭い物言いをしてしまう。
言ってから後悔。
言ってから反省。
でももう遅い。
一度口から出した言葉を回収することはできない。
もちろんなかったことにもできない。