13話「なんてことのない言葉を交わしつつ歩みます」
柔らかな風と心に潤いを与えてくれるような水の音、二つの狭間を歩く。
それは美味しい果実を食べるようなものだ。
甘みが舌に触れるような心地よさに胸の奥までとろけそうになる。
「アイルティストン様も川遊びなどなさったことはあるのですか?」
「そうだな……遥か昔、あったような、気がする」
「ご家族で、とかですか?」
「ああそうだな。確か。とはいえもうずっと前のことだ、曖昧な記憶となってしまっている」
彼からの答えを聞きながら、自分の脳内を探ってみる。
川遊びなんていつかしたことがあっただろうか――私が女だからというのもあるのかもしれないが、大自然の中で積極的に遊んだ記憶がない。
きっと行ったことはあるのだろうけれど。そこまで確かな記憶、思い出は、私にはなかった。
かといって遊びたかったのかと問われればそうでもないと答えるだろう。大自然の中を駆け巡りたい、とか、自然と触れ合って過ごしたい、とか、そんな思いは私の中にはなかった。いや、厳密には、今もない。そういう方面への関心はそれほどないのだ。
ただ、今は、アイルティストンとここへ来ることができたことを嬉しく思っている。
「取り敢えず川を眺めるとするか」
「あ、はい。そうですね。そうしましょう」
川の傍にある大きめの岩に腰を下ろす。
大きめと言っても足裏が浮くほどの高さはないのでちょうど座りやすい大きさの岩だ。
「日射しがあると水面がキラキラして綺麗ですよね」
「ああ」
「まるで宝石みたい……なんて、変ですよね、こんなことを言ったら」
「いや、そうは思わない」
「そうですか?」
「水面が美しいことは事実、ゆえに変とは思わない」
護衛は少し離れた木々の隙間に待機しているようだ。
「むしろ、そういったことを言葉にできる感性が素晴らしいと感じる」
独り言を呟くように発するアイルティストンはどこか遠くを見つめているような目をしていた。
「君の感性は素晴らしい」
「……ぇ」
「そう思う」
「あ、ありがとうございます……」
いきなり直球で褒められたものだから戸惑い交じりにお礼を述べることとなってしまった。
「あっ」
「どうした?」
照れを隠すように。
何とも言えない空気をごまかすように。
「魚が泳いでいますよ!」
直前とは異なる話題を振る。
「何だと」
「見てください、そこ! 魚です!」
「ああ、確かに魚だ」
「鱗が光っています!」
珍しい光景についテンションが上がってしまい。
「……嬉しそうだな」
アイルティストンに笑われてしまう。
「あっ……す、すみません。つい……」
照れ隠しに別の話を振ったはずだったのに結局恥ずかしい思いをすることとなってしまうというオチだった。
「――少し歩こうか」
しばらく川を眺めた後、アイルティストンからそんな提案があり、私はそれに頷いた。
「小鳥の声がしますね」
「ああ」
「とっても可愛い声ですよね」
「そうだな」
徐々にお腹が空いてくる。
出発からまだそれほど時間は経っていないはずなのに。
「アイルティストン様は小鳥はお好きですか?」
「……あまり考えてみたことはなかったな」
少し困ったような顔をしたアイルティストンだったが。
「だが、きちんと見てみたなら、きっと愛らしいのだろうな」
それらしい言葉を返してくれた。
気を遣わせてしまったかな、なんて、少し不安になるけれど。でもそれもまた関わりの一つなのだと思うようにして。彼の思いやり、優しさを、素直に受け取っておくことにした。
「それより、少し、伝えたいことがあるのだが」
「何でしょうか」
「君はいつもわたしのことをアイルティストン……様……と呼んでくれているが、別に、そこまで改まる必要はない」
もっと気軽に接してもらえるとありがたい、と、彼は控えめに口を動かす。
「身勝手な希望で申し訳ないが」