12話「自然の中を歩むのはとても心地よいです」
アイルティストンが前もって用意してくれていた馬車に乗り込み走り出す。
壁代わりである布の隙間から爽やかな風が抜けてゆく。
さりげない心地よさで心が躍る。
「これからどこへ行くのですか?」
「まずは川でも見に行こうかと」
「川ですか」
「……嫌いか」
「いえ、嫌いではありません。むしろ好きなくらいですよ。それに、前にも申し上げましたが、アイルティストン様とならどこへ行っても楽しいですから」
一国の王である貴い人と同じ馬車に乗って出掛ける、なんていう経験は、普通に生きていては滅多にできない経験だろう。
私も本来は彼の隣にいるような人間ではなかった。平凡な私がこうして彼の横にいられるのは女神パパルテルパナリオンの加護を持つ女であるから。今の彼との関係は、すべて、偉大なる女神の加護があってこそである。
「風が心地よい季節ですし、天気も良いので、自然を堪能するにはぴったりな日ですよね」
「ああ。雨でなくて良かった」
「雨だとさすがに……ですよね。増水する危険もありますし」
移動中にこんな風になんてことのない言葉を交わせることも大変喜ばしいことだ。
特別なことではない。
いたって普通のこと。
けれども、二人だけでこうしてふんわりした空気の中で過ごせていると、純粋に嬉しい気持ちが湧いてくる。
「増水、か。確かにな。……ふ、着眼点が面白い」
控えめに笑い声をこぼすアイルティストン。
こんなところに笑いどころが発生するとは思わなかった。
けれども意外というだけで不快感はない。
「確かに、それは危険だ」
緊張は徐々に解けて。
今ではそれなりに安心感がある。
やがて馬車が停止する。
彼が先に降りて、それから、その背を追うように私も降りた。
私の足の裏が地面についた時、彼は振り返り「問題ないか?」とさりげなく確認してくれた。想定していなかった気遣いに戸惑いすぐには返事できなかった、が、取り敢えず最低限の反応は返さなくてはと思い数回首を縦に振る。すると彼は「良かった」と落ち着いた調子で返してくれた。
後ろからは護衛がついてきているが、やはり今日も特に干渉はしてこない。
木々の隙間を抜ける。
少し開けた場所にたどり着いた。
どこかから、水が流れるような音がしてくる。
「良い音ですね」
「ああ」
「空気も良いですし、やはり、山ならではですね」
「自然というのは良いものだな」
取り敢えず歩いてみる。
自然という大いなるものを感じながら。