10話「狙った獲物は逃さない女もいます」
王子ガオンの自室に当たり前のように入り込んでいるルルネは、ふかふかのソファに寝転がりながら自分がしたい話を何の遠慮もなく話し続けていた。
「でね! 今日メイドクビにしてやったの! そしたらぽっかーんとしちゃってさ。ほーんと面白かったわ」
ガオンとルルネは子ども時代からの知り合いだ。
それゆえ、身分の違いはあっても、互いに変に気を遣い合うことはない。
とはいえさすがにルルネ側は多少機嫌取りもしてはいるわけだが。ガオンはそんなことは気づいていないだろうし、ルルネもなるべく不自然さを感じさせないように振る舞っている。
「またやってたんだな」
「なーにーよー、その反応。……もしかして、馬鹿みたいって思ってる?」
「そんなこと思ってないって」
「本当にー?」
「嘘なんてつかないって! 本当だって!」
「あれれぇー? 慌ててる? どうしてかなぁ」
「そ、そういうのやめろよ!」
「ごめーん」
時折こうして冗談交じりに絡むことはあるけれど。
「うそうそ、冗談だって。ちょっと言ってみただけ。ガオンってかっこいいからさー」
基本的にはルルネはガオンを褒める。
「かっこいいから、何なんだい?」
「あのね、たまーに、かっこいい顔を崩してみたくなっちゃうの」
「ふぁ!?」
「でも崩してもそれでも結局かっこいいんだよねー」
「あ、ありがとう……」
ガオンは頬を赤らめながら控えめに礼を述べた。
「これからもガオンのためなら何でもするわ」
「感謝する……!」
「任せて。あたし、ガオンのこと大好きなんだもの、尽くせる限り尽くすわよ」
「やっぱりルルネを選んで良かった」
「そう言ってもらえると尽くしがいあるわー」
ルルネはガオンの権力が欲しい。
王子と結婚すれば何でも手に入る。
王子の妻になれば好きなように生きられる。
ゆえに王子である彼と結婚したいのだ。
だからこそ彼女は子ども時代から彼に近づいていた。
欲しいものを、欲しい席を、手に入れるために彼女は生きてきた。
「いつも本当にありがとうルルネ。お返しと言ったら変かもしれないが、俺にできることがあれば言ってくれな。欲しいものとか、やって欲しいこととか、なんでもいい」
もうすぐ実りの時を迎える。
それが嬉しくてルルネは心の中ではニヤニヤしていることだろう。
「うふふ、嬉しいわ」
ただ、ルルネも馬鹿ではないので、にやけを実際に面に滲ませることはない。
あくまで冷静に。
それでいて艶やかに。
爽やかなように、さばさばしているように、見せかけて油断を誘う――それがルルネの技である。
「俺は王子だ、大抵のことはできる」
「頼もしすぎる! もう最高!」
あくまで軽やかに。
ほのかな面白さも乗せて。
「ガオンばんざーい! ガオンばんざーい! 神様みたいで好きぃー! ばんざーい! ばんざーい! ガオン素晴らしい、ばんざーい! 神様ガオンばんざーい!」
ただ、ガオンが褒められたことで喜び満足できるよう、隙をみてしっかり持ち上げておくことは忘れない。
「んもー、すっごーい! かっこいい! 頼もしい! 偉大な殿下は神様ね、ばんざーい! ガオンばんざーい! ガオン大好きばんざーい! みーんなガオンが大好きだから……代表であたしが言うわ、ガオンは神様、ってね! ばんざーい!」
分かりやすく褒められたことが嬉しかったようで、ガオンは鼻の下を伸ばすようなかっこ悪い顔でにへにへと気味の悪い笑みをじっとりこぼしている。
「じゃあ頼みたいことがあるんだけど」
「もちろん! 何でも言ってくれ」
少し間があって。
「あのね、あたし、あのリマリーローズとかいう女を消してほしいの」
ルルネは口を開いた。
「……なぜまた今になってその話を?」
まさかの言葉が飛び出してきた。
これにはさすがのガオンも驚き戸惑っている様子。
「だって束の間とはいえガオンと婚約した女よ? この世にそんな女がいるなんて、不愉快でしかないの。鬱陶しいに決まってるじゃない!」
「縁はもう切った」
「そういう問題じゃないのよ」
「ならどういう問題なんだい」
「一度でもガオンと婚約した女が生きてるって思いだけで不快なの。イライラするのよ。だから彼女にはさっさとこの世から去ってほしいの」