呼び出された者たち
ミケア大帝国の侵攻を受け、レグネッセス王国の首都ティタンジェルでは、急を告げる王の命によって白竜騎士団と白虎騎士団の精鋭たちが招集されていた。ティタンジェルは華やかで騒がしい大都市。その中心にそびえる王宮は、壮麗な外観と贅を尽くした内装で知られる。
金箔の装飾が壁を彩り、細工が施された柱が高い天井を支える。その豪奢さに、アルフレッドはふと身の程を考え、胸の内で苦笑する。
「よう、アルフレッド。女も一緒か」
低く冷ややかな声が聞こえた。振り返ると、そこには白虎騎士団のロレインが立っていた。彼は長い白髪を無造作に背に垂らし、鋭い赤い瞳でアルフレッドを見据えている。その姿は見る者すべてに冷酷な印象を与えるが、彼の鎧はどこか薄汚れており、戦場帰りであることを物語っていた。
「君も呼び出されていたのか。それと、『女』なんて呼び方はやめろ。彼女の名はサラだ」
アルフレッドが少しばかり語気を荒げると、ロレインは鼻で笑った。
隣のサラは、悪戯っぽく下瞼を下げて舌を出す。その仕草にロレインは眉をしかめたが、特に言い返すこともなく話を続けた。
「交渉の話じゃなくなったな。俺は隊を任された。お前も呑気にしてんなよ」
「さすがだな、努力するよ」
アルフレッドが軽く肩をすくめると、ロレインは鋭い視線をサラに向けた。
「それと、女。俺は嘘を見抜くのが得意だ。本当に力があるって話、マジか?」
ロレインはガシッとサラの後頭部を掴み、その赤い瞳で彼女をじっと見据える。
「ちょ、ロレイン!」
アルフレッドが声を上げ、周囲の騎士たちもざわつく。しかし、ロレインは動じない。
一方、サラは驚きに震え、目が泳いでいた。
「フフッ…面白くなってきやがった」
ロレインはふいに手を離すと、何も告げず部下を連れて去って行った。
「大丈夫かい、サラ?」
アルフレッドが心配そうに声をかけると、サラはふんす、と鼻を鳴らして怒った様子を見せた。
「私、あの人嫌い!」
会議室では、フォーグ団長が王との謁見を終え、騎士たちを集めて事の次第を語っていた。
「ミケア大帝国が、我が国に巫女を引き渡せと要求している。『アフマ教の神聖なる存在を捕らえている』と彼らは主張しているが、それは言いがかりだ。我らが応じぬ限り、侵攻を続けると宣言してきた」
「戦争を仕掛ける口実に過ぎないでしょう」
白竜騎士団の副団長、オスカーが冷静に言った。彼は整った顔立ちと端正な動作で知られる男であり、幾度もの戦場で武功を上げた実力者だ。
「戦場はどこです?」
フォーグは重々しく応じた。
「パレディアだ。まだ拠点化して間もないが、奴らに城を奪われれば我が国の北部が危うい。ここでしっかり武功を上げ、国土を守れ」
若い騎士たちが士気高く応じる中、アルフレッドは顔を曇らせていた。
開戦前夜、アルフレッドは紅茶の入ったティーポットとカップを手にサラの部屋を訪れた。サラは元々アルフレッドの部屋をあてがわれており、奇妙な同居のような状況が続いている。
「夜分にすまないね。話があるんだ」
「どうしたの?」
部屋の中に紅茶の香りが漂い、どこか安らぎを感じる。
アルフレッドはテーブルにカップを置き、一息ついて口を開いた。
「明日、戦場に向かう。君には…怖がらせたくないんだけど、少し話を聞いて欲しい」
サラは真剣な表情で頷いた。アルフレッドは彼女の力を信じていたが、それを頼ることへの罪悪感が心を苛んでいた。
「サラ、僕は君の力を使わないと誓うよ。だけど、もし敵が君を無理やり利用しようとしたら…」
「それは絶対に許さない。私も戦うわ」
サラの言葉にアルフレッドは驚きつつも、彼女の意志の強さを感じた。
「君を守るのは僕の役目だ。だから、安心してくれ」
サラは少し赤くなった顔を隠すように俯いたが、優しく微笑んだ。
「ありがとう、アルフレッド。私もあなたの無事を祈るわ」
戦乱の夜に響く二人の言葉は、命を賭けた戦いの中で光となるだろう。
この誓いが運命をどう変えていくのか、それはまだ誰にも分からない。