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「そんでな。ちとせも能力検査してみたらどないかなって」


 朝の目覚めは最高だった。カーテンを閉め忘れた窓から朝日が射し込んできて、あたしは自然と目が覚めた。朝食は寮で、用意されたものを始業までに食べる。それが決まりだと寮母さんに聞いていたから、支度を済ませて一階まで降りたら、深雪ちゃんがいた。深雪ちゃんは寮暮らしじゃないけれど、あたしと朝食を食べたくて、早起きしてこの寮まで来てくれたらしい。

 朝ごはんの焼き鮭を頬張っていると、深雪ちゃんは突然そんなことを言い出したのだ。


「ちとせは、普通科目だけ授業受けることになっとるやん? やけど、もし能力があったら、専科も受けれるやん!」

「いや……でも、能力って生まれ持った才能、なんですよね? あたしが生まれた時に選ばれなかったんだったら、検査しても無駄だと思いますけど……」

「ええやん。もしかしたら検査ミスの可能性もあったりするかもやろ」

「そう……ですかね」


 そもそも、国が関わっているんだったら、そう簡単に検査のミスってあってはならないんじゃないのかな。けれどウキウキの深雪ちゃんを前にしたらあたしは反論する気が全く起きなかった。そのまま、学院について色々お話を聞きながらのんびり朝ごはんを食べて、始業前に検査を受けに行こうという流れになってしまった。

 検査って何をするんだろ。痛くなければいいんだけどな。ぼんやりしながら深雪ちゃんの後ろに続いて、学院へと向かう。始業よりもかなり早い時間だから、生徒の数も少ない。


「研究棟に設備があるんや。ちゃーっと終わるで。ビビるくらい早いから」


 研究棟。確か学院を案内してもらった時は、小難しいことを言われてさらっと受け流した気がする。

 学院の長い外廊下を抜けて、歩いた先、ピカピカの学院にしては少しだけ古ぼけた建物がそこにはあった。研究施設ってあんま金かけてもらえへんみたいでさあという深雪ちゃんの雑談に返答するよりも前に、あたしたちの前に人影が現れた。


「お前ら……なんでここにいるんだ」


 昨日、勢いよくプールに飛び込んでいた鳥類の男の子。確か、赤石くんだ。

 腕を組んで、壁にもたれかかっている赤石くんはいかにも機嫌が悪いです、と態度で示してあたしたちに睨みを利かせている。


「それはこっちのセリフやねんけど。朝っぱらから何しとんねん」

「学院長の孫ともあろうものが、そんなこと言うとはな。研究棟に生徒は出入り自由だろ。昨日、授業を受けた時に能力がブレた気がしたから、念の為検査の申し込みに来ただけだ」


 赤石くんは自分の目的をつらつらと話してくれた後、黙りこくった。まるで、こっちは話したんだからそっちもきちんと目的を話せと言わんばかりだ。どうも、昨日無断でプールを利用したからか、あたしと深雪ちゃんに対して赤石くんは敵意剥き出しだ。


「あの、えっと、深雪ちゃんが、せっかくだから一度能力検査してみないかって提案してくれたので、その」

「――無駄だろ」

「え」

「無駄なことするなよ。学院長の孫なら好き放題ってか。俺たち一般人とは違うな」


 はあ、とため息をつく赤石くんは心底うんざりしているみたいだ。


「そ、そんなこと深雪ちゃんに言わないでください」

「出生時の検査は厳格だ。ここに入学するような年齢なのに入学してないなら、能力持ちじゃないのは分かりきってるのに。何が楽しくて無駄なことするのかわからないな」


 ちくちく刺さる赤石くんの言葉は、けれどもっとものように思えた。やっぱりあたしは無駄なことせずに、普通科目の授業だけ大人しく受けさせてもらったほうがいいのかもしれない。

 けど、赤石くんの態度は、深雪ちゃんの中に燻った火に油を注いでしまったみたい。


「はあ? 別にええやろ。簡易検査なんやから、ピッてするだけやん。それなのにいちいち突っかかってきよってなんやねん」

「突っかかってんのはそっちだろ。俺は正論を述べてるだけだ」

「いちいちうるさっ、前からあんたのこと気に入らんかってんけど、まじムカつくな!」


 だんだん二人の熱はヒートアップしていく。あたしは仲裁もできずにあわあわすることしかできない。ええと、こういうのってなんていうんだっけ? ハブとマングース? 天敵同士? ライバル?

 あたしが二人の顔を行ったり来たり視線をうろうろさせていたら、深雪ちゃんがいきなりあたしの手首をむんずと掴んで、研究棟の中にツカツカと入っていった。おぼつかない足取りで、あたしもやむなしで後に続く。


「おい!」


 赤石くんも後ろから追いかけてくるけれど、あたしを無理やり引き止めるようなことはしなかった。

 研究棟に入った途端、この中で暴れたら相当な金額を弁償させられそうだなと考えてしまった。よくわからない大きな機械がずらりと並んで、壁一面にモニターが貼られている。モニターの中の文字を読んでみたけれど、複雑な数式がずらずら書かれていた時点で、あたしは視線を逸らした。頭が痛くなりそう。


「これやで。ここのガラス板に載っけたら、スキャンしてくれるから」


 と、深雪ちゃんが案内してくれた機械には、右手の手のひらを模った枠線の書いてあるガラス板みたいなものが、やっぱり複雑そうな機械にケーブルで繋がれていた。


「こんなに簡単に分かるんですか?」

「正確には判定機械とはまたちゃうねんけどな、赤ちゃんの時にやる検査は、血液やら毛髪やらなんや色々複雑で精密なのやるんやけど。能力の引き出しがへたっぴな生徒とかが、時たま使うような検査器具やな」


 とりま、乗せるだけ乗せてみ、と深雪ちゃんが催促してくる。後ろから強く止めるような、おい! という赤石くんの声が聞こえたけれども、深雪ちゃんに手首を掴まれたままのあたしは、流れるように右手をそのまま枠線の中に乗せられてしまった。


 ――ピカッ


 モニターとガラス板が光って、眩しさにあたしは目を瞑った。体の内側がどこかぽかぽかしてくる。心臓から手の指の先、足のつま先までジンジンと熱がこもってくる。内側に広がった熱を、どこかに放ちたい。あたしは無意識のうちにそれを強く願っていた。

 頭が痛い。すごく痛い。まるで自分の一部が自分じゃなくなったみたい。ううん、まるで自分の体の一部が広がって増えていくみたい。

 はっ、と目を開いた時、眩しい光はとっくになくなっていた。無機質な機械がただ並んでいる、ちょっぴり怖さのある部屋の中で、あたしたち三人は呆然と佇んでいた。


「なんそれ!」


 部屋の中の静かな空気を切り裂いたのは、深雪ちゃんの一声だった。あたしはびくーっと背筋をピンと伸ばす。

 頭のてっぺんから、何かが生えた感覚がある。それに頭がさっきよりもちょっぴり重くなっている。恐る恐る手を伸ばした。硬い何かが生えている。木の枝みたいなすべすべしたものが頭から伸びてきた。頭とその木の枝の境界に指を伸ばしてなぞってみた。

 生えてる。確かにあたしの頭から、生えてる。


「み、深雪ちゃん、何これ」

「なんの角やろなあ。鹿かなあ」


 深雪ちゃんはあたしの頭をみてまじまじとしていた。


「ま、待ってそんなに平然と受け入れるものなんですか」

「そりゃこの学院では珍しいもんでもないし」


 そ、そうかも。昨日見た学院の風景を思い出す。同い年くらいの子供たちが、羽を生やしたり耳を生やしたり足を変化させながら、思い思いに能力を伸ばして楽しんで授業を受けていた。つまり、この二人からしてみればこんなこと日常茶飯事なんだ。

 鏡持ってますか、とあたしが姿を見てみたいと強請ると、深雪ちゃんはポケットから可愛い手鏡を出してあたしに向けてくれた。本当に鹿の角みたいなものが生えてきている。でも、鹿の角ってこんな色だっけ。なんだかうっすらと紫色の入った乳白色だ。でも、もしかしたらこの世界にはこんな角を持った鹿も生息しているのかも。

 あたしがひええ、と情けない声を出しながら鏡の中を覗き込んでいると、それまで黙り込んでいた赤石くんはこめかみに指を当てて、ため息をついた。まるで困ったと全身で訴えかけるみたいに。


「それで……学院長孫。どうするんだ」

「……深雪ちゃん?」

「まさか本当に出るとは――なあ、思ってもなかったんじゃないか、お前」


 深雪ちゃんは赤石くんの鋭いツッコミに黙った。シーン、と部屋の中が重苦しい雰囲気になる。


「え、えっと、深雪ちゃん。まずいんですか、この状況」

「珍しいもんでもないけど、ちとせにこの結果が出るのは予想外やった」

「そこの飛騨って生徒がどういう経緯でここに来たのかは知らないが……お前が直々に調べたんだ。まずい状況で入ってきた生徒なんじゃないか」

「あんたよう頭回るな。さすが学年主席、赤石(らい)

 そうなんだ、とあたしは新情報を頭にインプットした。

「誤魔化すなよ」

「……せやで。なんの結果も出なけりゃ、ちとせの身の潔白の証拠の一つにしようと思っとったのに……」


 二人が意味ありげな会話をしているのを、あたしはただ見守ることしかできない。いつの間にか、頭がふっと軽くなっていた。もう一度頭を触ると、さっきまで生えていた角が消えていた。深雪ちゃんが自由に足を尾鰭にできるみたいに、赤石くんが自由に両手を翼にできるみたいに、あたしの角も自由に生やせたりするみたいだ。

 あたしに分かることは、どうやら深雪ちゃんは当初あたしに伝えていたみたいに、ただの好奇心でこの検査を受けさせたんじゃないってこと。


「ちとせ。必ず説明するから、今起きたことは誰にも言うたらあかん。この三人だけの秘密や。それから赤石も……学院長孫権限や。秘密にしといてくれへん?」

「いまここで説明してくれないんですか?」

「ここじゃあ、誰がいつ来るかわからん。誰も来ないとこで、整理してから共有したいねん」


 深雪ちゃんは頼む、と頭を下げた。あたしはあたしの体に急激に起きた変化が、ちっとも怖くないかと言われれば嘘になる。

 だって、この国の大半にに溢れている人とは、あたしはちょっと違うってことでしょ? 

 ただ、あたしを親身になって助けてくれた深雪ちゃんが困っているのなら、あたしにできることはただ一つ。

 深雪ちゃんの言う通りにするだけだ。


「わかりました。お話ししてくれるまで、内緒にします」


 赤石はどうや、と深雪ちゃんは不機嫌そうな赤石くんと目を合わせた。

 心底面倒臭そうな赤石くんは、もしかしたらこれだけ深雪ちゃんと仲が悪いなら、言うことを聞かないのかもと思ったけれど、やれやれと首を振った。


「俺は面倒なことが自分に降りかかるのだけは嫌だ。……が、きちんと説明はしろ」


 ――要は、黙っておいてくれるみたいだ。

 深雪ちゃんは複雑そうな機械を、やっぱり複雑そうに操作して、何やら難しい顔をしていた。ちとせの検査結果の記録を削除したんや。そう告げられても、あたしは「はあ」という気の抜けた返事しかできなかった。

 赤石くんはそうしている間にも、とっとと研究棟から出て行ってしまった。本当に彼のことを信じていいのかな。不安になったけれど今は信じるしかない。

 研究棟を退出して二人でとぼとぼ中庭のあたりまで歩いて戻っていると、学院の校門から一世さんが息を切らしながら駆けつけてきた。


「深雪お嬢様! 探しましたよ」

「一世。あれ、うちどこ行くか言ってなかったか?」

「ちとせさんとお食事されることはお聞きしておりましたが、その後の行先をお聞きしていなかったので」

「なんやねん、もう。一世はうちのオカンか? 別に学院内なら危険なことなんてあらへんやろ」


 うんざり、と顔を顰めた深雪ちゃんだけど、一世さんが心配してくれているのがどこか嬉しそうだ。一世さんは深雪ちゃんにお仕えしている付き人さんなんだって聞いていたけど、深雪ちゃんにとっては年の離れたお兄ちゃんみたいなものなのかもしれない。

 あたしにも、家族っていたのかなあ。もしかしたらすごく心配させちゃってるのかなあ。


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