161話 暴力女は頼もしい
「こりゃ・・・すげぇ」
『ウィルド』で黒目街の近くの高い建物まで跳んでくると、俺は目の前の光景に絶句した。遠くから見た時でもすごいと思っていたけど、こんなまじかで火事や大竜巻を見ると、迫力がすごい。
魔法で火事や竜巻に似たようなものは見ているし、実際に体験したことがあるけど、この目の前の光景はそんなものとは別次元。
普通の火事や竜巻などではなく、ドラゴンから放たれた炎や竜巻。威力も大きさも自然災害の域を超えている。
こりゃあ、神と言われても納得するわ。
「だから、もうやめましょうよ!」・・・なんていう心の声が、恐怖を与えることしか頭にないドラゴンには届くはずもなく、被害がさらに広がっている。
・・・というか、目が痛い!!
『ファスター様、この目の痛さを和らげてください』
『はぁ?そのくらいお前なら自分で出来るだろ』
その自分で出来るだろは、この炎を消化して根本から解決しろって言ってるんだろうな・・・でも、この建物しかない貴族街に精神力を使うのはもったいない。
『・・・このままじゃ、黒目の人たち救えないな。それに、ドラゴンも止められないな。世界が終わるな』
俺の抑揚の一切ない言葉に恐れをなしたのか、ファスターは「はぁ」とため息を吐くと、コンタクトレンズのような感じで俺の目に『物理障壁』を張った。
すると、目を開けることすら辛かった先ほどとは違い、目の痛みを一切感じなくなった。
『これでいいんだろ』
『はい。これでドラゴンと戦えそうです』
俺がファスターにそう言うと、地上から急に強烈な風が吹いてきた。そして、煙で覆われていた戦場がその風で姿を現した。
戦場ではワーダストの兵士と思われる重装備を着た兵士たちが無数に倒れていて、倒れている全員が黒目。
「あ、あの人絶対に逝ったな・・・ステナリアさんじゃん」
戦場が現れたと同時に、重装備を着た兵士があばらに拳をクリーンヒットされた。遠くから見ていたら拳があばらに入っただけだが、ステナリアの拳を何度も味わってきた俺は分かる。あの兵士の肋骨は最低でも二本は折れた。
戦争だというのに、肋骨が三本以上折れないように調節していたと分かるのは俺ぐらいだと思う。
これが、王女精神というやつだろうか。
・・・というか、どうやって来たんだ?ステナリア。
俺は建物から降りて、ステナリアの真正面に着地した。
「ッ!」
着地と同時にステナリアから超絶スピードパンチが俺にとんで来た。
俺は思考する。
ステナリアの拳は俺のあばらを狙っているが、俺のあばらを庇うようにトゥルホープが眠っている。
このまま何もしなければ、トゥルホープに拳が当たり、流石に虹目と言えど、生まれたばかりのトゥルホープは死ぬ。
・・・これだけは避けないといけない。『物理障壁』を張って防げる問題でもない。
ステナリアの拳は強いし早いし痛い。『物理障壁』を張る前に拳が届く。絶体絶命。
・・・クソッ。何でステナリアの真正面に降りたんだ。
二択しかない選択肢の中で俺は自分の身を犠牲にすることを選んだ。
身体魔法を少しでも体に掛けて、ステナリアの攻撃に耐える。
あばら付近で抱えているトゥルホープを抱き上げて、俺の顔あたりまで避難させる。
そして、その時にはすでにステナリアの拳の風圧を感じる距離にあった。
・・・さぁ!来ぉい!殺人ステナリアパァンチィィ!!!!!
バァァァァン!!!!
・・・あれ?痛みがない。
・・・あぁ、そうか。また、俺は死の淵をさまよっているのか。
・・・死の淵に立つと、人は痛みを忘れる。今、再びその境地に立ったのか。
・・・あの時、もう危ないことはしないと誓ったのにな。
「ディア、遅かったじゃない。まぁ、久しぶりに暴れられたからストレス発散になったけど」
皆さん、これが一国の王女のセリフだと思いますか?俺は思いません。
王女だからストレスが溜まるのは仕方のないことだけど、その解決方法が暴力て。
ステナリアは自分のことを清楚令嬢と自称していたが、清楚令嬢なら自然に触れたり、読書や音楽、絵画鑑賞で心を落ち着かせたり、裁縫などの趣味でストレスを解消するだろう。
そもそも、清楚令嬢は人を殴る、虫をいたぶることすら出来ない。そんなことすらも怖いと思っている。
・・・なら、ステナリア。お前は一体何令嬢なんだ?いや、普通に王女でいいや。
・・・それにしても、あの暴力魔人ステナリアが寸止めを覚えたとは。感動ものだ。
そのおかげで、そのおかげで俺の肋骨二、三本が救われたのだから。
「いや、ステナリアこそ、どうやってここまで来たんだ?」
俺がそうステナリアに聴くと、ステナリアは後ろを向いた。
「死ねぇ!!スカシユリ王国の王女!!!」
煙で姿が見えていないのと、俺と話すために後ろを向いていたのを利用して、ワーダストの兵士一人がステナリアに闇討ちを仕掛けようとしてきた。
まぁ、ステナリアはそれに気付いていたようで、闇討ちを仕掛けてきたワーダスト兵士を軽々とワンパンでノックアウトした。
ノックアウトされたワーダスト兵士の姿を見ると、古傷がうずいてきた。俺は腹さすって、うずきを和らげた。
そして、ステナリアは何もなかったかのように再び俺と向かい合うと、ここに来た方法を説明してくれた。
「アルスさんがスカシユリ王国に『魔法都市』と繫がる転移の魔方陣を作ってくれたでしょ?」
「あぁ、二か月前くらいだな」
「そして、ディアたちが迷界の森前に『空間転移』で転移した後、アルスさんが来て転移の魔方陣に案内されて、『魔法都市』に転移するとさらに一つの転移の魔方陣に案内されたの」
「あぁ、なるほど。その魔方陣がワーダスト付近と繫がっていたのか」
なるほどねぇ。それならステナリアたちが来れたのも納得だ。用意周到のアルスなら、あらかじめワーダスト付近にバレないように転移の魔方陣を作っていてもおかしくない。
俺がそう言うと、ステナリアは笑った。「ディアにもこれは考えれなかったか」とでも言いたげな顔をしている。
「ふふっ、私たちが転移した先はワーダストの王城「キャストレワード」の待合室なのよ」
ステナリアは続けて言った。
「アルスさんが言っていたわ。『ワーダストは今は危険な国だけど、三百年前の帝王は青目の超人ながら温厚な人だった。その一瞬だけ私たちはワーダストと仲良くしていた。そのおかげでオルダーという最高のパートナーと出会えたのよ。・・・まぁ、その時にすぐ行けるように転移の魔方陣を作っていたのよ』って」
そう言ったステナリアは「転移の魔方陣を作るなんて行動力すごいよね」と最後に付け加えた。
確かにそれもすごいけど、その三百年前のワーダストの帝王が気になりすぎる。あの国の王族として生まれ育ったのに、温厚な性格だったなんてありえるのか?しかも超人。でも、アルスが言っているのだからそうなのだろう。
はぁ、今の皇帝も温厚な性格だったなら、俺たちと協力して被害を減らせてただろうに・・・
「というか、よくその転移の魔方陣今まで見つからなかったな。ワーダストの奴らなら見つけ次第消すかその魔方陣に入るだろ」
自分たちの知らないものがあればほっとかないのは人間皆そうだろう。その中でも、ワーダストはそういうのに一番敏感だと思う。
「魔法陣は消すっていうより上書きするらしいよ。それに、上書きするのは作った人以上の魔力がある人じゃないと出来ないってアルスさんが言ってた」
「なるほど。なら、消すのは無理か。アルスだもんな」
俺たちが今、のんきに会話をしている中でも周りで大きな音や叫び声が聞こえて来る。索敵魔法で周りを調べ、俺たちの近くには大量の死体や気絶している人以外に誰もいなかった。
なら、俺たちの次の目的地はワーダスト兵士よりも何百倍も厄介なドラゴン。
ここからでも大きなドラゴンの姿が見える。その姿は、メアロノロス王国に来たファイアドラゴンと同等の力を感じさせる。
しかも、ストレス発散で周りが見えていないドラゴンたち。あのファイアドラゴンよりも強いことは確定している。
はぁ、滅竜魔法なんていうのはないのだろうか?『魔法都市』では俺の記憶している限りそんな魔法はなかった。
「じゃあ、行きますか」
「うん」
そして、俺たちは空を自由に飛び回っているドラゴンの『ドラゴン退治』に向かった。




