154話 魔法士の役割
三メートルから五メートルに変更
「「「「「オ”ォォォォ!!!」」」」」
「皆!恐れるな!ここを抜かれたら、町が終わるぞ!!」
迷界の森の前に転移した途端、俺の耳に嫌な叫び声が入って来た。もちろん、視界にも。そして、聞き覚えのある声と、見覚えのある人たち。
今回は運が良かった、としか言いようがない。
俺は声に出さず、右手の手のひらを兵士たちに見して、「ここで待て!」の合図をした。いくら、少数精鋭と言われても、高さ五メートルもあり、素早い動きが出来る魔物を討伐するのは無理だ。
しかも、初見となると、絶対に無理。
それは、高さ五メートルの魔物と戦っている最強の戦闘民族のデイジーたちが、圧されているのを見ているから。
俺は取り敢えず、五体居る魔物たちを囲うように物理障壁を張って、ある人が居る所へ向かう。
デイジーたちの皆は急に張られた結界に驚いているが、こいつだけは驚かず、冷静に指示を出している。
「ッ!やっぱり、ディアだったか!助かった!」
・・・あれ?クリスタってこんな喋り方だったっけ?まぁ、戦闘中ってこともあるだろうけど、人間って言う生き物は、数年見ないうちに変わるって言うからな。クリスタも大人になったということだろう。
「ま、本当に偶然だけどな。それより、あの魔物は?」
「あぁ、あの魔物は・・・!ディア、お前!もしかして、右腕で抱いている赤ん坊は・・・お前の子か?」
『「違うわ!」』
お、ファスターとハモった。
「あ、じゃあ、その赤ん坊が、ディアが言っていたメアロノロス王国の次期国王で、虹目を持っているのか?」
「そう。メアロノロス王国の次期国王!トゥルホープ・メアロノロス様だ!」
俺は大きな声でそう言うと、トゥルホープを掲げた。
「トゥルホープか。良い名前だな」
トゥルホープを見たクリスタがそう言うと、ファスターの声が聞こえて来た。
『うんうん。いいな。このクリスタという男に褒められるのは!』
『ん?なんで、クリスタに褒められるといいんだ?』
『そりゃあ、イケメンに褒められているからだ。もちろん、美女に褒められるのもいいぞ。だから、ナノハに褒められた時は、とても気持ちが良かった』
『要するに、美男美女に褒められたら嬉しいということだろ?』
『・・・簡単に言えばそうなるな!じゃあ、竜との契約解除ほうに行ってくる!』
そして、ファスターは逃げるように俺の脳内から消えた。
それより、なぜ、ファスターは少し間を空けて答えたんだ?しかも「簡単に言えば」って、それなら、本当の理由は何なんだ?
「・・・ア!ディア!急に考え込んでどうしたんだ?」
「すまない。・・・少しだけ面食いについて考えていたんだ」
「め、面食い?・・・まぁ、ディアのことだからそれも関係ある話なんだろうな」
クリスタはそうして納得した。フフッ、これも、青目である俺だから出来る流され方。
・・・でも、意識してこう言ったのだから、ツッコンでくれてよかったんだけどな。
まぁ、クリスタからすればそんなことを考える脳のリソースは、全て戦闘の方に割り切ってるか。
「で、どうする?皆を下がらせて、俺が魔法で一掃することも出来るけど・・・」
「あぁ、あの魔物は俺たちデイジーたちで討伐する。でも、出来るだけ協力はして欲しい」
「分かった。じゃあ、結界は解除したいときに言ってくれ。それまでは、ずっと張っておく」
俺がそう言うと、クリスタは頷いた。そして、クリスタはデイジーたちに指示を出す。
クリスタが指示を出している横で、腕を組みながらデイジーたちを見ていると、見覚えのある姿が見える。
でも、それは、普通は前線に出ないはずの役職だ。
「ヒノリ!なぜそんなに前に居る!魔法士なら、後援に回れ!」
そう。俺たちがアキレア王国に行くときに、一泊させてもらったデイジーの町に居た唯一の水目であるヒノリが、剣や斧を持っている者たちと同様に前線で戦っていた。
「でも!私が後援に回っても出来ることなんてないですよ!!」
「身体魔法を皆に掛けたり、魔法で支援が出来るだろ!!」
魔法士の役割は、前線に居る人たちを後方から援護すること。
死角からの攻撃を魔法で防御したり、前線で戦っている兵士たちの邪魔になる魔物を倒すことも魔法士の役割。後ろに居るからこその視野の広さを使って戦う。
そんな役割を持っている魔法士が、武器を持っている人たちと前線で戦うのは間違っている。
俺はヒノリにそう言うと、ヒノリは悔しそうな表情で俺に言った。
「皆!あなたのように魔法を使えるわけじゃないんですよ!!この魔物たちには、初級の魔法は絶対に効かない!なら、中級以上の魔法を使わないといけない!でも、あなたみたいに無限とも言える魔力を持っているわけでもないし!他人に身体魔法を付与するのも出来ない!だったら、デイジーの生まれ持った身体能力を使って戦うしかないんですよ!」
・・・俺は忘れていた。この世界の常識について。
ヒノリの言っていることは全て正しい。これが、この世界の普通。俺はこの世界では普通を超えた、超人を超えた人間。それに、転生者というのも付く。
魔法の基礎はほとんど前世の記憶を使っている。そして、水目で魔法適性が高い。更に青目を利用して、その魔法の基礎を元に応用した様々な魔法を使う。それが、この世界で言う付与や空間転移。
ヒノリに言われて、自分について考えてみると、ヒノリにはこれ以上何も言うことが出来ない。
う~ん…でも、魔法士は後方からの援護が普通なんだがな・・・
「デイジーの生まれ持った身体能力を使って戦うしかない」というヒノリの言葉も分かる。
この世界の水目の超人たちでも、中級以上の魔法を十発以上放つ人なんてそう居ない。なら、戦闘民族の身体能力に自身に身体魔法を掛けた方が良い。自分に魔法を付与するのは簡単。というか、身体魔法は自分を強化する魔法だ。
「・・・今はそれでいいかもしれないが、これからの敵は物理戦の経験が乏しい魔法士には荷が重い。いくらデイジーと言ってもだ」
俺がそう言うと、ヒノリは下を向いた。
「・・・ディア。ヒノリの思い通りに戦わしてやってくれないか?」
「・・・悪いとは思わない。でも、魔法士が一人居るだけで少しは楽になると思うぞ。しかも、その魔法士が水目なら尚更」
「それも分かってる。だが、今はヒノリの言葉を飲み込んでほしい。話し合いはこの戦闘の後にしてもらっていい。一度だけ、ヒノリの戦いを見てもらいたい」
クリスタの金目を真っ直ぐ、俺のオッドアイの目を見つめる。そして、俺もクリスタの金目を見つめる。
「・・・分かった。じゃあ、話し合いはまた後でということで」
今の状況を考えると、こう答えるのが最適解だろう。俺がいくら言っても、ヒノリは前線を離れなかっただろうし。
俺がクリスタにそう言うと、クリスタは口角を少しだけ上げた。
「ありがとう」
そう言って、クリスタはデイジーたちの指揮官として再び、デイジーたちを指揮し始めた。




