141話 王の名
斧を振りかぶったまま、泣いている虹目の赤子の方へ走っている白髪のおじさんの前に、父親であるルニアが現れると、白髪のおじさんは「そんなこと知ったことか!」とでも言うように、ルニアにも虹目の赤子にも当たるように、斧を振り下ろした。
「キィィン!!」
しかし、白髪のおじさんが振り下ろした斧は、また、物理障壁によって弾かれた。そして、その弾かれて体勢が崩れたところを、ステナリアが腹に一撃を入れて、白髪のおじさんも気を失った者の一人になった。
「ありがとう!ディア!」
ルニアが俺にそう言ってきた。でも・・・
「いや、俺は何もしていないぞ?」
そう。俺は本当に何もしていない。なぜなら、ステナリアがルニアたちに斧が当たる前に、白髪のおじさんを倒すと思っていたから。
この物理障壁が俺が張ったものではないとすると、この物理障壁を張った人物の候補は一人しかいない。
俺たちは一斉に虹目の赤子を見た。すると、虹目の赤子は泣き止んだ。
そして、虹目の赤子が泣き止むと同時に、気を失っていたナノハさんが意識を取り戻した。
「んっ…ここは?」
「ナノハ!!」
分娩室で気を失ったので、今の部屋から状況まで、何も分かっていないナノハさんに、ルニアはお構いなく抱きついた。ルニアが抱きついたのは、ナノハさんだけでなく、虹目の赤子も。
それにしても、ここで、そんな大胆なことをよく出来るな。こういうことをする度胸は、俺には無い。
意識が戻った瞬間に抱きつかれたナノハさんは、ルニアと話しだした。
「私たちの子は・・・?」
出産あけで、意識を取り戻したばかりだからか、弱弱しい声でルニアにそう聴いた。
「大丈夫だ。横で眠っている。先程は私たちを守ってくれたんだ」
ルニアがナノハさんにそう答えると、ナノハさんはゆっくりと、顔を赤ちゃんが眠っているところへ向けた。
そして、眠っている虹目の赤子が目に入ったナノハさんは、一滴の涙が虹目の赤子に落ちると、自分でその落ちた涙を拭った。
そんなナノハさんをルニアは更に強く抱きしめだ。
これには、今にも殺す気だった王城に攻めて来た民たちも、足を止めて二人・・・いや、三人を見ている。
俺はこの三人の邪魔が入らないように索敵魔法を使うと、俺は三人の前に来た。
なぜなら・・・
「ビュッ!」
会議室の外にはまだ、武器を持っている民たちが居る。そして、索敵魔法でその中の一人が動いているのが分かった。俺はその動き的に、弓を使おうとしている動きだと思ったから、三人の前に来た。
そして、それは、俺の予想通りに、会議室の外に居る武器を持っている民たちの中から、一本の矢が飛んで来た。
俺はその矢を物理障壁を使わずに、右手の人差し指と中指で挟んで止めた。このような、矢を指で挟んで止めるという行為が出来たのは、身体魔法を掛けていたおかげ。
皆は矢のことには驚いたが、この三人に水を差さないために、何も言わなかった。
「ねぇ、ルニア。この子の名前、どうする?」
「名前か。そうだな・・・「トゥルホープ」なんでどうだ?」
「「トゥルホープ」いい名前ね。どういう意味で付けたの?」
「・・・『真の希望』そういう意味を込めて、そう名付けた」
「ふふっ、『真の希望』=「トゥルホープ」いいわね」
そして、二人は虹目の赤子に向かって、同時に言った。
「今から、お前の名前は「トゥルホープ」だ」
「今から、あなたの名前は「トゥルホープ」よ」
二人がそう言うと、赤ちゃんの笑い声がした。
すると、窓から差し込まれていた光が消え、空が虹色に変わった。これは、トゥルホープが生まれて来た時にそっくりだ。
虹色の空は太陽の光を遮っているが、虹色の空のおかげで暗くない。だが、目が痛くなってくる。
そして、今回は三十秒ほどで、虹色の空は元の青い空に戻った。うん。この色が一番だ。
「お二人さん。そう、家族で戯れるのはいいんだが、場所が場所だ。それに、この王子を殺そうとした民たちの処遇、そして、ワーダストの対応について考えないといけない」
俺が親指で扉付近に居る、武器を持った民たちを指してそう言うと、民たちは一歩足を後ろへ下げたが、自分の犯した罪を理解しているのか、逃げようとしない。一人を除いて・・・
俺はその逃げた奴を追うために、「ステナリア、この場は頼む」と言って、ステナリアの返答も聞かずに走り出した。ステナリアなら、必ず「分かったわ」と言ってくれるだろう。
そして、民たちを避けながら会議室を出て、俺は逃げ出した「部外者」を追いかけた。




