118話 「極」という食材
食堂に着く頃にはすでに、生徒が食べる時間から先生が食べる時間になっていた。
食事の時間が終わった生徒たちは、お昼休みなので、第一訓練場と第二訓練場で遊んでいる。
俺は食堂に入ると、久しぶりの匂いと光景が鼻と目に入って来た。
料理を頼む受付、俺が食堂で毎日食べていたゴブーのサイコロステーキの変わらない匂い。そして、広すぎる食堂。
学生の時は大きいとは思わなかったが、先生として食堂でお昼ご飯を食べてみると、その広さが分かった。
学生の時は、席が生徒で埋まっていたので大きいと感じなかった。だが、先生として来てみると、先生だけでの食事なので、席がめちゃくちゃ空いている。
食堂には数名の先生が来ているが、俺の知っている先生たちではない。
俺は学生時代では、どれだけ早く受付のおばちゃんに注文を言うか、いつもクルミナの全学生と競い合っていたが、今は誰も人がおらず、競い合う必要がない。
それは良いことなのだが、なぜか物足りない。こんな簡単に食事にありつけていいのか?
俺は受付で注文を言った。
「ゴブーの極サイコロステーキ」
俺は受付のおばちゃんにそう言った。
「「極サイコロステーキ」・・・もしかして、ディアかい?」
「はい。お久しぶりです。グラマーさん」
「ふふっ、「極サイコロステーキ」だね?久しぶりに腕が鳴るね」
受付のおばちゃん改め、グラマーさんは、俺が学生だった頃からずっと食堂で料理を作り続けている人だ。その歴三十年。
この食堂が機能しているのは、グラマーさんが居るからだと言われている。
「やっぱり、作ってなかったんですか?」
「あぁ。ディアたちが卒業すると、誰も注文しなくなった。まぁ、あんたが異常なだけだがね」
そう。「極サイコロステーキ」は、受付の表に書いてあるメニュー表には、普通の「ゴブーのサイコロステーキ」としか書かれていない。
「極サイコロステーキ」は、この食堂というか、グラマーさんの裏メニューの料理。
裏メニュー、そして、俺たちが卒業すると、誰も注文しなくなったことから、見つけるのが難しいと思われがちだが、誰でも見つけることが出来る。
その見つけ方は・・・受付の奥にある厨房の奥に貼ってある謎のレシピに「極サイコロステーキ」と書いてあるのをグラマーさんに言えば、それからは「どこに書いてあった?」と聴かれずに、「極サイコロステーキ」と言うだけで注文できる。
だが、そのレシピはめちゃくちゃ遠くにあるので、普通の人だけでなく、身体能力が高い赤目の人も見えない。
だが、身体魔法を使えば見ることが出来る。
しかし、身体魔法を使えば見えると言ったが、普通の身体魔法じゃ見えない。俺みたいな身体能力が少し高くて、魔力を練ることが出来る人間なら見ることが出来る。
なので、魔力を練るという高等テクニックを「学生」の時に出来とかないといけない。
これが中々に難しいので、「極サイコロステーキ」を頼める学生が少ない。
学生時代、俺の「極サイコロステーキ」を見て、俺の真似で「極サイコロステーキ」と言った奴がいたが、そいつはどこに「極サイコロステーキ」が書いてあるか答えられなかったので、結局、普通のサイコロステーキを泣きながら、食べていたのを思い出す。
グラマーさんは、『魔法空間』からゴブーの希少部位である「極」という部分の肉を取り出した。
一頭のゴブーから取れる肉が4kgだとするなら、この「極」という部位は300gしか取れない。
グラマーさんは、肉関係の知り合いがいるらしく、その人から「極」という希少肉を貰っているらしい。
普通に買ったら100g六~七万するらしいが、この食堂では無償で提供される。
俺が学生時代に四年から卒業までほぼ毎日食べていたので、それを金額にすると・・・いや、考えないでおこう。
『イグルス』で火を点けて、「極」専用のフライパンで焼いていく。
俺はその間にお盆を用意し、コップを取って水を入れておく。
そして、どこに座ろうかを考える。
「極」はすぐに焼けて、しかも、焼いてからすぐに食べないと美味さが飛んでしまう。そうなったら、何も味がしない肉になっていまう。
俺は全体を見渡して、食べる所が決まるとちょうど「極」が焼けたので、グラマーさんから呼ばれた。
「「極サイコロステーキ」を食べるのは何時ぶりだい?」
「そうですね・・・まぁ、でも、三年は経ってるので、三年ぶりの「極サイコロステーキ」です」
「そうかい。三年も作ってなくて味が落ちてたら、すまないね」
「そんな心配はしてませんよ」
俺は「極サイコロステーキ」をお盆に乗せて、俺が先程決めた席にお盆を置き、席に座った。
俺が決めた席は、すぐ横に窓があり、その窓の奥には第一訓練場で遊んでいる学生たちが見える席。
第一訓練場は一~三年の学生たちが、とても楽しそうに遊んでいる。
そんな子供たちを見ていると、自然に口角が上がる。
そして、俺は三年ぶりに「極サイコロステーキ」を口へ入れた。
口へ入れた「極サイコロステーキ」を一回噛むと、その瞬間、溶けた。
そして、肉が食堂へ流れていくと、食欲が高まっていく。
もう一度、肉を口に入れて、噛むと、また溶けた。
この溶けるというのが、「極」という希少肉の特徴。
俺は止まることなく、「極」専用の箸で「極サイコロステーキ」を食べた。




