中編ー③
パーティはそのまま解散となる。
呆然としている参加者を他所にスーディオは会場を警備していた衛兵へ、魔導人形を王城へと運ぶよう依頼した。
スーディオの後ろにカトレアとリアリーが付き従う。その後ろで「カトレア……」と弱々しい声が聞こえたが、カトレアは空耳だと判断したらしく、そのまま後ろを振り向く事なく歩いていく。
馬車でそのまま王城へと向かうと、門前に現れたのは帝国の皇太子であり、スーディオの兄エレディーが満面の笑みでスーディオたちを迎えた。
「兄さん」
「やあ、弟よ。首尾はどうだい?」
「カトレアの予想通りだよ」
「そうか」
側から見れば兄弟の和やかな会話のように見えているが、エレディーもスーディオと同様、怒り狂っていた。カトレアは彼やスーディオにとって、昔から可愛がっていたはとこなのだ。
カトレアの曽祖母は二代前の女帝だった。
彼女の娘が王国の公爵家に嫁ぎ、もう一人の息子が前皇帝である。
彼女の祖母と祖父が結婚に至った理由は、当時の公爵――カトレアの曽祖父――が、彼女の血を切望したため叶った婚約だ。従属国で現在は自治が認められてはいるが帝国に比べれば王国は国力が低く、いつ呑み込まれても可笑しくないと彼は感じていた。だからこそ、女帝たちが可愛がっているという祖母の血を、公爵家に入れる事で王国の存続を図ったのだと言える。
祖母にもこの結婚に目的があった。それは、王国の監視という役割である。
当時戦争の爪痕は薄れており、帝国内では再度王国が侵攻してくるのではないか、監視が必要なのではという声が上がっていた。
戦争を起こした当時の国王は、帝国の敵対国の間者に唆された結果戦争を仕掛けたのだ。王国が侵攻してきたところで、完膚なきまで叩きのめす事は可能だが、その間に敵対国からちょっかいを出される可能性がある。だったら事前に回避できるよう監視役が必要だと。
そんな時に白羽の矢が立ったのがカトレアの祖母だった。
彼女は公爵家に嫁いだ後自らの部屋の内部に隠し部屋を作り、そこに移転陣を敷く事に成功した。そこから帝国の諜報員が送られるのだが、この秘密は祖母とカトレアの母、そしてカトレアのみが知っている。
話は元に戻るが、祖母が嫁いだ事で公爵家は帝国の王族の血を引き継いでいるとして、周囲の貴族からは一目置かれていた。そして祖父と祖母から生まれたのが、カトレアの母である。子どもは彼女一人だったため公爵位は彼女が継ぎ、入婿としてカトレアの父――現公爵代理と結婚したのである。
カトレアの母は秘密裏に王国の情報を移転陣を利用して送っていた。そしてたまにではあるが、移転陣を利用してスーディオたちの母である現女帝が現れ、雑談をする仲だったのだ。
その後カトレアが生まれてからは、彼女の母が10歳で亡くなるまで、数日に一度の頻度で二人は彼女と会っていたのだ。彼らは、はとこである彼女を妹のように可愛がっていたが、全て移転陣を利用したものであるためその事を知られていない。
だから周囲はカトレアがスーディオたちと面識がある事を知らないのは無理もない。
実際、往来の多い通路で話す彼らの様子を見て目を見張っている者たちも多い。よくよく考えれば理解できるはずなのだが、カトレアの祖父と祖母や母の影響力が薄れている今、実は彼女に皇位継承権がある事を知っているのはどれだけいるだろうか。
皇子二人が周囲の反応に失望を覚えていると、見覚えのある令嬢がこちらに歩いてくる。彼女の表情は怒りに満ちていた。
そんな彼女の様子に怯む事なく、エレディーは声をかけた。
「やあ、ソレラ」
「やあ、ではありませんわ。皇太子殿下! いつまで我慢すれば良いのです? 流石にそろそろ我慢の限界ですわっ! あれをギッタンギッタンに踏み潰してやりたいのですが。物理的に!」
「あー、それはちょっと待ってくれ」
彼女にはまだ理性が残っていたらしい。声は小声で話してはいるが、怒りが突き抜けているからだろう。周囲の様子を気にすることもなく地団駄を踏んでいる。
幸いなのは、周囲に誰もいなかった事だろう。
これは限界だと判断したカトレアは、近くにある応接間へと入るよう促す。帝国の皇子が二人と、一応王太子の婚約者であるカトレアがいるので、問題はない。勿論、帝国から連れてきた皇太子の護衛は共に部屋へと入り、侍女には宰相への言伝を頼んでおく。
そして全員が足を踏み入れ、最後に入った護衛たちが扉を閉めたのと同時に、まるで堤防が決壊したかのようにソレラは饒舌になった。
「私、これまでも頑張って我慢してきたのですよ? 大好きな義姉様と学園に通えることを楽しみにしていたら、学園はあの男のせいで、義姉様の誹謗中傷の噂が蔓延していましたし! 家では家で! あの阿呆たちが義姉様を蔑ろにしておりますから、お近づきになるのも一苦労な上……最近はスーディオ殿下との研究ばかりでお話も少ししかできないではありませんか! その上、危害を加えられる可能性があるからと、義姉様の魔導人形を学園に通わせる事は了承しましたが……人形に近づいてはいけないと言われ……! 私の学園生活散々でしたけど?」
敬愛する姉と喋る事もままならないこの状況に、ソレラの堪忍袋の緒が切れたようだ。
怒り狂っている彼女の勢いに、皇太子であるエレディーすら引いている。
「……流石、一目で姉と人形を見抜いただけあるな」
彼の言う通り、王国内でカトレアが魔導人形に入れ替わっていた事に気がついたのは、詳細を知っている宰相を抜かせば実はソレラただ一人。
しかも彼女はその事を初見で見抜いたのだ。実父である公爵代理は全く気づかなかったというのに。
「義姉様を差し置いて、私が公爵位を継ぐなどと言う夢物語を語る馬鹿な公爵代理にはもうウンザリしておりますの。義姉様の全てが私なんか……いえ、比べるのも烏滸がましいほどですわ!」
「ソレラ、そんな事はないわ。いつも言っているじゃない……貴女には私に無い素敵なところが沢山あるって。私は頑張り屋でいつも笑顔なソレラが大好きよ」
「義姉様……!」
目を輝かせてカトレアに抱きつくソレラと彼女を優しく見つめるカトレアは、本当に仲睦まじい姉妹なのだ。
ほんのすこーし、ソレラがカトレアへと向ける愛情は重いが。
「しかし、公爵代理や両陛下は馬鹿なのか? ソレラに公爵位を継がせるなどと世迷言を言うのは……完全に『お家乗っ取り』ではないか。それに皇族の血を受け継ぐカトレアを蔑ろにして、帝国側が何も思わないとでも? ……そもそも、公爵家には帝国の皇族の血が受け継がれている事を忘れているのか? それとも帝国へ謀反を起こそうとしているのか?」
エレディーも諜報員から調査報告を受けているのだが、結論「何も考えていない」という彼らの判断に目を疑ったほどだ。彼らが調査の上で判断しているので事実なのだろうが、娘から見た見解を知りたかった事もあり、ふと疑問を投げかけた。
カトレアの父である公爵代理は入婿である。現在後妻であるソレラの母と共に公爵家を取り仕切っているが、二人は公爵家の血筋ではない。ソレラもその事を理解しているので、何度か両親に抗議を伝えているのだが「心配しなくていい」の一点張りで話にならなかった。
そんな頭がお花畑である両親をソレラも既に見限っている。そのため彼女の毒舌は続く。
「いえ、あの二人は阿呆なのでこの件が帝国への謀反になる、と考えるだけの頭はありません。裏で手を引いている王妃陛下の言いなりになっているだけでしょう」
「実の両親に辛辣な……」
「義務も果たさず、権力だけを追い求める両親など、この程度の扱いで良いと思います。一歩でも違えば、私はあの両親に洗脳されていたでしょうね……育ててくれた祖父母には本当に感謝しております」
そう言ったソレラは窓の外をぼんやりと見つめた。彼女の祖父母はソレラが公爵家に移った後に、体調を崩して亡くなっている。その事を思い出したのか、彼女の瞳に憂いが現れた。
その姿を悲しそうに見つめるカトレア。そんな彼女を優しい瞳で見守るスーディオとリアリーという構図ができている。
エレディーは彼らの空気に肩を竦めた。