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中編ー①

 どのくらいの時間が経っただろうか。

 誰もが無言を貫く中、不意に大広間の扉の開く音がする。次いで、誰かが声を発した。

 

 

「あらぁ、酷い事をなさるのね」



 周囲はこの場で声を出す勇者へ、ナルシスたちはその声に何となく苛立ちを感じ、全員が声の聞こえた方向を向く。

 ホールの入り口にいたのは、真っ黒なコートを羽織った三人組だった。てっきり学園生の誰かだろうと考えて振り向いた参加者は、この場にそぐわない格好をした三人を警戒する。

 

 それでも顔が見えれば幾らか警戒を解いただろうが、三人は闇夜を思わせるような黒いマントを羽織っている上、フードを被っているため、性別すら分からない。今言えることは、先程声を上げたのは三人のうちの誰かで、声から判断して女性であろうと予想できる事くらいだろうか。


 先頭に立っている人物はカツ、カツ、と音を鳴らし、倒れているカトレアの元へ歩いていく。歩く事でフードが動きその下から覗く口元は、新月の後に見られるような三日月の形をとっている。それが周囲からすれば、意地悪げな笑みを湛えているように見えたのだ。


 周囲は異様な人物の出現に恐れ慄き、恐怖の対象から距離を取る事を選ぶ。勿論、壇上にいたナルシスたちも奇妙な人物がこちらへと向かっていると気づき、片足を一歩後ろへと下げる。ナルシスだけでなく後ろにいた側近も、泣いていたピアレでさえも呼吸を忘れ、恐ろしさに震えている。

 そんな周囲の様子などまるで気にならないのか、その人物はまるで己が花道を通っているかのような光景を見て、更に笑みを深くした。


 その人物はカトレアの前で足を止めると、彼女の傍らにしゃがみ込む。周辺の者たちが固唾を呑んで見守る中、倒れている彼女に触れようと手を伸ばしたところで――。



「お前ら?!何者だ?!」


 

 叫んだのはナルシスだった。



 

 

 彼は焦っていた。

 目の上のたんこぶであった婚約者に思い知らせてやろうと、ピアレや側近たちとこの婚約破棄を計画した。その際、この件に関しては両親である国王陛下や、カトレアの両親である公爵夫妻、そしてこの学園の学園長にも許可を得て行っているのだ。


 名目は、増長しているカトレアに現実を見させるため――簡単に言えば、「申し訳ございませんでした、貴方様の仰る事に従います」と言わせたいがために用意した茶番なのである。

 公衆の面前で欠点を指摘されるなど、恥ずべき事。それにカトレアは自分の事を好きだろうという自信もあった。ここまですれば、人形令嬢と言われたカトレアも反省するのではないだろうか、と。


 だからここで彼女が倒れるなんて思いもしなかったのである。

 ナルシスは自身の醜態を上書きしようと黒ずくめの人物へと噛み付くが、その人物はどこ吹く風と聞き流している。彼からすれば、不審な人物のその余裕がとても腹立たしい。


 ナルシスの頭の中では、どうやってこの件を偽装するか……一刻も早く両親とカトレアの父である公爵代理に相談しなければと頭の中で警鐘が鳴り響く。

 ここにいる参加者は王太子権限で箝口令を敷けば口は閉じるであろう。だが、参加者でない黒づくめの三人組は別。なんとかして不審者である彼らをこの場から追い出す必要がある。

 

 だが追い出したところで、彼らが言いふらしてしまえば噂になってしまう。それを防ぐためにどうすべきか、頭を全力で回転させながら案を考える。その間は彼らをこの場に留めるため、矢継ぎ早言葉を紡いだ。

 


「ここは学園生、もしくは学園生が招待した者しか入れない場であるぞ!」

「殿下の仰る通りです! 衛兵! 不法侵入で不審者を捕まえてください! 彼らを牢へ!」

 


 彼の言葉に続いたのは、ナルシスの言葉で我に返ったモルビド(宰相の息子)である。彼もナルシスに続いて声を張り上げながら、パーティを警備している衛兵の姿を探す。

 モルビドの助勢にナルシスは感謝した。不法侵入罪で衛兵に突き出してしまえば、時間が稼げるだけでなく、両親に泣きつく事ができるからだ。

 

 ナルシスも彼に続いて衛兵の姿を探す。

 人だかりで衛兵を見つける事ができない彼は、一度壇上へと登りその姿を捉えようと必死に周囲を見回した。だが、婚約破棄を叫ぶ前まで扉を守っていた衛兵たちはいつの間にか姿を消している。

 

 一瞬「何故」と頭をよぎるが、今はこの醜聞を踏み倒すのが先決である。「衛兵! 王太子命令だ! こやつらを捕まえろ!」と必死に叫ぶナルシス。

 

 だが、何度騒いでも彼の元に衛兵が集まる事はない。周囲の者たちは騒ぐ彼らの様子を固唾を呑んで見守っている。

 異様な雰囲気の中、(わめ)くナルシスと側近たちの声が段々と小さくなってきたところで、またコツンと足音が鳴り響いた。

 カトレアに近づいていた人物が立ち上がり、ナルシスの方へと一歩近づいたのである。

 

 全員の視線が彼女に集まる。先程とは違いその人物は口を一文字に結んでいるが、先刻の不気味な笑みを思い出したナルシスは、思わず身震いする。

 警戒しながらも、恐怖からか彼も一歩後退しようと左足を後ろにずらす。そして一歩下がろうとしたナルシスよりも前に、目の前にいる黒フードの人物が心底不思議そうに首を傾げた。



「あらまぁ、殿下。私の事をお忘れで?」



 その人物――声からして彼女だろう――は艶やかな声で歌うように話す。ナルシスの言葉がとことん不可解らしく、彼女は未だに首を傾げたまま困惑している様子を見せている。

 だが、ナルシスの記憶の中にこんな妖艶な女性はいなかったはずだ。

 何故だかそんな彼女の視線に苛立ったナルシスは、思い切り顔を背けて言い放った。

 

 

「お前など知らん」


 

 眉間に皺を寄せてそう答えると、何故か彼女はふふふ、と笑い出した。その声は自分を馬鹿にしているかのように聞こえたため、ナルシスは怒りを露わに、相手を思うままに怒鳴りつけようとした。

 だが、彼の言葉は女性の大きな声でかき消されてしまったのである。

 

 

「うっそだぁ〜! この国の王太子様は記憶力が衰えていらっしゃるのですね! どう思いますか、リーヤ様!」

 

 

 この場にそぐわない明るく溌剌(はつらつ)とした声で紡がれた言葉の衝撃は計り知れないものだった。

 

 その言葉を叫んだ人物も驚きで肩が跳ね、その振動で被っていた黒いフードがはらりと後ろへ落ちる。そこから現れたのは丸い眼鏡を掛け、髪を両サイドで三つ編みにしている可愛らしい女性だ。彼女はフードが取れた事にも気づかず、扇の代わりに右手で大きく開いているであろう口を押さえている。

 

 彼女の後ろではもう一人が頭を抱えていた。そこから見える手の大きさや背の高さを考慮すると、その人物は男性だろう。彼女の突拍子もない発言に困惑しているのかもしれない。

 

 それよりも眼鏡の彼女の言葉だ。倒れたカトレアの近くにいる女性はリーヤという名前らしい。

 リーヤという女性はこの学園には居ないはずだ。周囲を囲んでいた参加者は、近くにいた者同士で静かに視線を合わせるも、大体が「知らない」と首を横に振る。


 リーヤの目の前にいたナルシス達もその名前に記憶はなく、ほぼ全員の名前を知っていると自負しているモルビドですら、ナルシスに向かって肩を竦める。

 リーヤを含めた三名が完全な部外者であるとナルシスは判断し、このままでは埒があかないと考えた彼は、会場の外へ出て衛兵を呼んでくるよう、声を出さずにモルビドへと依頼をする。

 

 彼が頷き、そのまま静かに動き出そうとしたその時。

 奇妙な雰囲気の中、周囲を放置してリーヤと呼ばれた女性と眼鏡の女性とのやり取りは、ナルシスにとっては思わぬ方向へ向かい始めた。



「ね、言った通りでしょう? リアリー。興味の無いことは頭に入らないのよ」

「まさかここまで酷いとは思いませんでした! リーヤ様に王子妃教育だけではなく、王太子教育まで押し付けた挙句、こんな公の場で婚約破棄を突きつけて言う事を聞かせようとするなんて、全くリーヤ様を何だと思っているのでしょうか!」

「口煩い便利な道具とでも思っているのでしょう」

「人を道具扱いするなんて、本当に失礼な話ですよねぇ〜」

 

 

 リアリーとリーヤの言葉に周囲が凍りついた。

 ナルシスですら、最初彼女達が何を言ったのか頭が理解を拒否していた。だが、慌てて壇上から参加者の表情を探れば、全員が青白い表情をしている事に気づく。

 そもそも王太子教育を押し付けていた事を知っているのは、ナルシスと彼の両親、押し付けられているカトレアと王宮内の数人のみ。

 その事を知っているだけでなく、リーヤに考えていた事をズバリ言い当てられてしまった。

 

 隠蔽していた事実を暴かれたため、更にナルシスは事態が悪化している事に気づく。周囲と同様に驚愕した表情でナルシスを見ているムスコロ(団長の息子)の顔を見れば一目瞭然だ。

 

 周囲は優秀な王太子が婚約者に王太子教育を放り投げていたと聞いて、最初はリアリーの話す言葉を疑った。だが、その王太子本人がすぐに否定の言葉を告げなかった事で、これが本当のことではないかと思い至ったためだ。

 ナルシスは慌てて声を荒げた。



「お前らは我が王家を貶めたいのか?! 不敬罪として捕らえさせるぞ!」



 リーヤはきっとカトレアにこの話を聞いたのではないだろうか。それであれば証拠などどこにも無い。だったら、ここで否定してしまえば、有耶無耶にできるかもしれない。

 そう踏んだナルシスは本心を悟られないよう堂々と言い放つが、それを見たリーヤは鈴の鳴るような声でクスクスと笑い始めた。

 



「あらまぁ……ここまで言っても気づかないのですね。本当に私の事はご存知ありませんの?」

「知らん」

「そうでしたか」

 


 そう言ってリーヤはフードを被っている男性へと顔を向ける。その男性はリアリーのフードを被せつつ、彼女に向かって首を縦に振る。その行動を見届けたリーヤはナルシスたちへと振り返る。



「許可が下りましたので。では、殿下。これを見てもそう言えるでしょうか」



 そのまま彼女は頭のフードに手を掛けて、勿体ぶったようにゆっくりと外す。

 

 そこから現れたのは、金色の美しいウエーブの掛かった美しい髪。

 それだけでは無い。長いまつ毛に細く切長の瞳、ふっくらとして赤く色づいた唇、陶器のように白くシミひとつない肌……そして、その顔は今まさに倒れているカトレアと瓜二つだ。

 だが彼女と違うのは、表情だ。カトレアは人形令嬢と言われるほど表情が全くなかった令嬢だが、リーヤは美しい唇を三日月の形にし、薄らと妖艶な笑みでナルシスたちを見上げていた。

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[気になる点] 前の話のラストで壇から降りてカトレアを蹴飛ばした王子が、しれっと壇上にいること。 死んでるのでは?と皆が凍りついているのに当事者が移動できてるのがすごく不自然でした。
[気になる点] >だからここで彼女が倒れるなんて思いもしなかったのである。しかも血で真っ赤に身体を染めるなど……。 前編を含めてここまでカトレアが血を流した描写は全くなかったと思うのですが、なぜこ…
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