8 詩織、フリキュアローリングキック
公園の青い芝に座り青空を見上げる。
今日は近所の公園までクラスごと移動して写生の授業だ。
詩織は相変わらずの調子でガリガリ、とスケッチブックに何かを描いていた。
「……はぁ」
少々疲れた。
結局、詩織は本人の希望により学校に通い続けることになった。
一部の教師たちの反対もあったが、試しにと全国模試を詩織に解かせてみたところ、文句なしの満点を叩き出したからだ。
『あい! できたよ‼︎』
『……ま、満点です、ね』
模試の添削が終わった後の教師の間抜け面が忘れられない。
それでも怪訝な顔で渋面を作る教師どもに俺は答案を突きつけてやった。
『通ってもいいよな? 通っちゃダメな理由はないよなあ?』
それが数日前の事だ。
俺が詩織の面倒を見るという条件で登校は可となった。
今は詩織は楽しそうに某変身ヒロインの主題歌を歌いながら絵を描いてる。
「テッテッテテ♪ ハッピーフリキュア一緒に♪ ハッピーフリキュアみーんなで♪ どす黒いそのじゃあく〜♬ ちのはてまでおいかける〜♪」
いや、訂正。
結構グロい替え歌を歌いながら子どものような笑顔で無邪気に絵を描いている。
例のように俺たち2人はクラスからはますます浮き気味であるからクラス行事でありながら離れた場所を選んで絵を描いていた。
俺は芝生に寝転がり楽しそうな詩織を見つめる。
「……つかれたぜ なあ詩織、絵画なんて適当に流しとけよ バスの中で歴代フリキュアの主題歌全部歌ってただろ?
……こえーな! その絵‼︎」
詩織の手元の絵を見つめ俺は思わず立ち上がる。
詩織が無邪気に描き綴るそのスケッチブックには赤と黒の線で描かれた血みどろの恐ろしい光景が広がっていた。
「ふっふっふ〜‼︎ これがね〜 弱いものいじめする悪のロボット! 私がバラバラにしたの〜
でね、でね! こっちがクソハゲセクハラブタ怪人‼︎ 私が腸を引き摺り出してソーセージにしたの〜‼︎」
「なんでそんなグロテスクなの⁈ 俺ら子どもの頃同じもん見てたよな? なんでそうなるの??」
慄きながら無邪気な詩織の顔を見つめると詩織は得意そうに指を立てた。
「ねえ、りょうくん。この世には放置されてるあくが多すぎると思わない? 私はそんな悪をほじくり返してプチンと潰して」
「無視かよ……. 」
そして目を輝かせながら物騒な事を言う。
「きれいにお掃除したいの! そう! あのニチア○ヒーローやフリキュアみたいに!」
「フリキュアはそんなこと言わねえよ」
呆れる俺を尻目に詩織は何かを見つけたかのように公園の森の方へと走り始めた。
「……りょうくん あくのはどうを感じる……!」
「……ん? ああ、奥に行くなよ詩織!」
……全く
俺は慌てて詩織の後を追った。
「おい! 詩織!」
しばらく進んだかと思うと急に木陰に手をやり立ち止まった詩織に口を塞がれ、しっ、と口に指を当て沈黙を促された。
そして詩織が指差す方を見ると何やら同級生らしい数名が何やら森の奥でつまらなそうな事をしていた。
コイツらの制服を見るに同級生であるようだ。
「りゅうたく〜〜ん⁈ オレらは店から取ってこいっていったよな? お行儀よく買い物してきたんじゃつまんねえんだよ! ボケが!」
「ぐぅ! も、持ってきたんだからいいだろ?」
とりわけ背の高い男が貧相な男の肩を掴み殴っているのが見えた。
周りにいる4、5名の男女は下卑た笑みを浮かべその様子を面白そうに見ている。
「うるせえ! お前は俺たちの言う事をただ黙って聞いてるだけでいいんだよ! クソつまんねえ!」
「うぅ!」
貧相そうな男はさらに一発殴られ地面に倒れた。
……全く
たしか俺たちの学校は進学校だというのにこういうのはどこでも絶えないらしい。
いや、妙に頭がいい分やり方が巧妙なのかもしれない。
女の1人が屈強そうな男の腕を組みながら倒れた男をまるで玩具を見る目で見つめる。
「ねぇ、こいつ最近言うこと聞かないからちょっと痛めつけてやらなぁい?」
「ふふ、そうだな頼子。俺たちに逆らったらどうなるかわからせてやろうか」
つまんねえことしやがる……
面倒なので詩織を連れて戻ろうと肩を掴もうとしたのだが……
「……取り込み中みたいだな おい行くぞ詩織 えっ、おい‼︎」
そこにはいつの間にか駆け出していた詩織の遠くなる背中があるばかりだった。
詩織は同級生どもに突進するとその中の1人を目掛けて空中を跳ね思い切りドロップキックをかました。
「とおっ‼︎」
「ぐはっ‼︎」
詩織の蹴りは延髄に決まり男は地面を転がるように滑っていくと白目を剥き気を失ったようだった。
突進してきた詩織を見て残りのクソどもは呆然とし、やがて慌て始めた。
「な、なんだぁ⁈」
「な、なによアンタ⁉︎ なんなの⁈」
飛び蹴りを放ち倒れ込んだ地面からとおっ、と声を上げ起き上がった詩織はたっぷり溜めを作りフリキュアそっくりのポーズを作るとクズどもを指差す。
「悪の手先めっ‼︎ 誰が見て見ぬふりしてもこの私がゆるさないっ‼︎ 邪悪なる魂はこのフリキュアピンクがじょうかしてあげるっ‼︎」
女の1人が詩織をバカにしたように笑うと男の1人の腕を掴み帰ろうとする。
「二ノ宮詩織⁈ はっ! 交通事故でイカれたって聞いたけどホントだったみたいね! ……しけたわね 帰るわよ寛治」
「……あ、ああ 頼子」
しかし、詩織はその場を逃げようとする女の延髄目掛けて再び蹴りを放った。
「フリキュアローリングキック‼︎」
「ギャァァァァァァァ‼︎」
女は勢いよく吹っ飛び地面を擦るように泥だらけになり気を失った。
先ほどまで腕を組まれていた男は驚き激昂する。
「お、おいい‼︎ 頼子ーーー‼︎ 何すんだこのイカれ女ぁ‼︎」
仕方ない、俺もコイツらをどつく理由が出来ちまったぜ。
「おい、そこまでだ…… お前、今なんつった⁈」
「……げっ⁉︎ 中田亮介⁉︎」
木陰から出た俺は男の肩を掴んだ。
なんでこいつビビってやがるんだ?
まあいい。
「おい、お前今現人神たる二ノ宮詩織に『イカれ女』っつったのか⁈ 最早お前はバラバラにして鳥の餌にされても文句は言えねえ……! 極刑以上に値する……!」
「ま、ま、ま待ってくれ‼︎ 話を…….」
青くなって泣き始めるクソ野郎にくれてやる猶予時間がもったいないので俺は襟首を掴み足を引っ掛け思い切り投げ飛ばしてやった。
「くたばれクソモブ野郎‼︎」
「ブゲェェェェェェ‼︎」
早速残ったクソどもも騒めき始める。
どうやら俺は怖がられてるらしい。失敬な。
そういえば前にモブがそんな事言ってたな……
まあいい。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」
「ま、前園がやられたぁぁぁ!」
俺は逃げ始めたクズどもを追いかけ髪や襟を掴み投げ飛ばしていく。
「逃さねえよ! クズどもぉぉぉぉぉ‼︎」
「グェェェェェェェ‼︎」
「贖え…….! 女神への暴言を……!」
数分後5、6名のクソどもの処理が終わる。
全員が地に伏せうめき声を上げるのを見下ろしながら俺は詩織に肩を叩かれた。
「りょうくんずるい! わたしもやりたかったのに!」
頬を膨らませながら睨みつけてくる詩織にため息を吐く。
そしてか細い声で誰かが俺に話しかけてきた。
「あの……」
振り返るといじめられていたモブのようだった。
目を伏せがちに戸惑ったようにその男は頭を下げた。
「ありがとうございました……?」
正確にはコイツを助けた訳ではないが、気絶したり呻き声をあげているクソを見ながら俺は口を開く。
「ああ、うん…… 悪いけど俺が暴れた理由お前がカツアゲされてたからってことにしといてくれるかな? どんだけクソ野郎でも暴力振るったらダメとかいうクソカスが多すぎるんで」
「あ、はい、それくらいは……」
それにしても……
俺は改めて骸の群れを見つめながら溜息を吐く。
詩織が自分の事をフリキュアだと思い込んでるならこれからも起こり得る事態だった。