6 詩織の夢
山川という看護婦の仕切りで落ち着いた俺たちは椅子に座って話を始める。
「さて、升人先生。彼に二ノ宮さんの治療の経緯を説明してあげてください」
口を尖らせながら升人は不満そうに机に頬をついた。
「……え〜〜 でも守秘義務とまだ世間には秘密の治療法だしなぁ〜 患者の身内とはいえ外部の少年に話すのは……」
俺が殴りかかる前に山川看護婦のAKが再び升人の額を穿った。
「イデェェッ‼︎」
「ガタガタ言わずに話してください。次は目玉撃ち抜きますよ?」
「わかった‼︎ わかったよ! 話せばいいんだろう⁉︎ 全くなんで僕の周りには変人しか居ないんだ⁉︎」
「それはアンタもとびっきりの変人だからですよ」
ええい、全く話が進まん
俺は立ち上がり机を叩いて升人に凄んだ。
「さあ説明してくれ、詩織に何があってこうなってしまったんだ⁉︎」
ポリポリと頭をかくと升人は嫌々ながらも説明を始める。
反省してんのかこいつ
「あ〜 まずは、ここ地下一階脳神経四科は診療機関であると同時に僕の研究機関でもあってね。未知の領域である脳科学の権威である僕の最先端の治療を受けられる場でもあるんだよ」
「…‥.要は升人先生は医学会では異端であるからしてこの病院の地下一階に隔離されてるんですよ」
山川看護婦はそう注釈を加えた。なるほど
升人はまるで子どものように口を尖らせブンブンと腕を振り回した。
「僕の才能を認められない頭の硬いジジイどもが悪いんだよ! 僕の開発した治療法は正に画期的だ」
俺は胸を張る升人にイラつきながら話の続きを促す。
「升人先生よお、詩織にどんな処置を施したのか俺はききてえ」
「わかった、わかった。凄むなよ……
まずは手っ取り早くこれを見てもらおうか」
そういうと升人は手元のノートパソコンを開くとフォルダを開き動画を再生し始めた。
時折ノイズの混じるその動画はとても不鮮明だがその内容はというと小さな女の子らしき人物が黒い影や変な生物らしきものに追われる映像だった。
「……なんだこれは?」
「これは私の発明した眠っている人間の脳波を映像化し、夢を可視化する装置さ。これで患者の無意識の問題やストレスの原因を探る。これまでに意識不明の重体患者を何例も目覚めさせてきた画期的な治療法だよ。
ちなみにこれは昏睡状態の二ノ宮詩織くんが数日前に見ていた夢。
なんとも言えない悪夢だろう?」
……つまりこの動画は詩織の夢の中の映像か
「……これは詩織のストレスを表しているということか?」
腕を組みながら升人は眉根を寄せ答える。
「ああ、何例も患者の夢を見てきたが彼女は重度のストレスを抱えていたね。
昏睡状態に陥っていたのは事故によるショックの為じゃない。
事故のショックがスイッチとなって彼女の内面に潜むストレスが顕在化し、仮死状態にまで陥った、と僕はみるね。
これ程のストレスは中々お目にかかれないよ」
俺は密かにショックを受けていた。
……詩織は現実にいることより夢の中の世界を選んだということなのだ
俺は今まであらゆる抑圧から詩織を守ってきたつもりだ…….
暫く口こもってしまったが俺は質問を続ける。
しかし、詩織があんな感じになってしまったのは升人の治療法に原因があるはずだ。
「……それで詩織がストレスを抱えていることは分かったが詩織にどんな処置を施したんだ? 何らかの処置を行ったんだろ?」
「……では今度はこちらを見てもらおうか」
升人はそう言うと、違う動画を再生し始める。
説明によると詩織の額の辺り数カ所にヘッドホンのようなセンサーを取り付け夢に介入しているそうだ。
そして、同時に映し出された詩織の夢の内容が変わる。
……これは幼い詩織とずっと過ごしていた俺も見知ったものだ
「二ノ宮詩織くんの幼少期の趣味嗜好をご両親から伺った上で彼女の楽しかった頃の原体験を夢の中に流すことにした。今この映像で彼女が見ている夢は彼女が幼い頃にハマっていたフリキュアやルイーズちゃん、その他特撮などの娯楽作品だよ」
俺たちが幼い頃にやっていたアニメや特撮作品を装置を通して詩織に見せているらしい。
その効果か、詩織の夢の中ではフリキュアや改造人間ルイーズちゃんといった詩織が幼い頃のヒーローたちが黒い影や怪物たち相手に暴れまわっている。
それは結構なことだが……
俺は満足そうな升人の方を見遣る。
「……で詩織は自分がフリキュアだとか改造人間ルイーズちゃんだとか思い込んでしまったわけか」
升人は両手の人差し指で俺を指すとにっと笑いやがった。
「ザッツライト‼︎ 今の彼女は幼い頃の自分の妄想を現実と混同している。私に改造手術を受けたヒーローだと思い込んでいるんだよ。いや〜初めての臨床例でね。是非とも経過観察をお願いしたいところだよ!」
「ザッツライトじゃねーーんだよ‼︎ このクソヤブ医者が‼︎ 日常生活に支障が出てるじゃねーか‼︎」
ムカついた俺は右ストレートを思い切り升人の横面に叩き込んでやった。
「ゲプゥゥ‼︎ やめろよぉ‼︎」
椅子から転がり落ちた升人は頬を押さえながら非暴力を訴えやがった。