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20 うららかな日 (了)

 広がる青い空に白い球が大きく跳ねる。

 額でボールを受け止めた詩織は次々と足でリフティングを続けていく。


「はいっ! はいっ! えいっ!」


 ポンポンとゴムの跳ねる音と女神の可憐な掛け声を聞きながら俺は中庭のベンチに腰掛けていた。

 全くもって平和だ。


 しばらくして息を切らした詩織に俺は問うてみる。


「詩織ぃ…… 今日は海でも見に行くか?」


「うん! 病室でマイク○もいいけどたまには海もいいよね!」


 俺たちは2年前ヤクザの組事務所で暴れて以来、警察に事情聴取を受け、通っていた学校を退学になった。

 そして両親たちに散々絞られた後、升人の責任を問う形で遠くの療養所で治療に専念することになった。

 もちろん俺も詩織に付き添う形で。


 この療養所は都会から離れ、海も山も広がる長閑な地域で俺たちの毎日の生活は平和そのものだ。

 升人の父親の所有する物件だそうで、俺たちは特別に格安で入院できることとなった。


 それにしても……

 そんな俺たちの会話を聞き咎めた、元凶の野郎が頓狂な声を発する。


「海だって? ちょっとちょっと! 遠出は主治医の許可を取ってくださいね!」


 細い眉にパーマの失敗したみたいな髪型の中年のその男は焦ったような様子で俺たちに意見してくる。


「うっせえな、升人。偉そうにしてんじゃねえよ」


「そうだ、そうだ!」


 升人は涙目になりながら後ろにいた山川看護婦に訴えかける。


「……山川くん! この問題児たちに何とか言ってやってくれたまえ! 私は偉大なる科学者であり、彼らの恩人だって!」


 山川看護婦はネイルを弄りながら興味無さげに辛辣な返事をする。


「升人先生…… 寝言言う前に狂科学者はくそして寝てくださいよ」


「……ああああああああああああ‼︎」


 方々から責められた升人は子どものように絶叫しながら広い敷地を疾走していった。

 ため息を吐きながら俺はベンチで大きく伸びをする。


「はあ、まったくあいつはメンタルがこどおじだぜ」


 しばらくそうしていると山川看護婦が何かに気づいたように俺に振り返る。


「あら、お友達がお見舞いに来てくれたわよ」


 そうして山川が指差す方を見ると見慣れた顔が2人並んで歩いてきた。


「ん? ああ、渡辺、栗原さん」


「あ、なべっち! くりやん!」


 詩織も嬉しそうに2人の顔を見上げる。

 渡辺と栗原さんもあの後停学をくらったが、同じ大学に進学して最近になって交際にまで至ったそうだ。


 因みに俺たちが襲撃したヤクザ事務所は完全に閉鎖となり、全員が刑に服すこととなった。

 ヘイフォはこないだ死刑判決が出たばかりだ。


 そして事件に責任を感じたのか2人はこうして時折り見舞いに来てくれる。


「こんにちは、今日はお土産持ってきたよ」


 そう言って2人はデパートの紙袋を俺たちに手渡す。


「いつもありがとうな、気を遣わなくてもいいのに」


「わーーい! なべっちくりやんありがとー!」


 詩織の相変わらず幼女な挨拶に苦笑いしながら俺は2人に礼を言う。


「すまんな、2人とも。礼儀を知らない子でな」


「ああいいよ。元気そうでよかった」


 詩織が栗原さんとボール遊びをしている間、ベンチに腰掛けながら俺と渡辺は世間話と近況報告をする。

 不意に渡辺が進路についての話を切り出す。


「2人ともそろそろ大学にはいかないの? 東大には受かったんでしょ?」


「流石にな…… もうちょっと落ち着いたら進学も考えてみるよ」


 俺たちは退学になった後も大検を受けて東大にも受かっていたが、詩織があの様子では進学は叶わないだろう。

 渡辺が頷きながら詩織と栗原さんの様子を見つめる。


「そうか、まあじっくり考えてもいいと思うよ」


 青空を見つめながら俺はベンチに深く腰掛ける。

 こうして余裕ある生活を送るのも良いもんだ。


「最近思うんだ。詩織が時折、升人の実験を受ける前の表情をする事がある」


「え?」


 渡辺が驚いたように俺を見つめる。


「詩織が元に戻りたくなったら、俺も一緒に戻ろうと思う。まあ、多少やり過ぎたかもしれんが、あの暴れた日々はそんなに悪くなかったぜ」


「そうか、君はいつまでも二ノ宮さんと歩き続けていくんだね……」


 そう言って笑いかける渡辺に俺はふっと笑みを返す。


「当然だな……」




 院長室では、窓からそんな彼らの様子を見守りながら升人和男がバリバリとクッキーを頬張る。

 そして毎日のルーティンのようになっている自己陶酔の言葉を並べ続ける。


「うーーん、僕って天才。何もかんも上手くいっちゃったかもしんねえ。そして僻地に追いやられても腐らない僕、悲劇の天才!」


 山川は呆れたように升人を軽く睨む。


「升人先生、良いんですか? まだ伝えなくて」


「うむ? 何のことだい?」


 とぼけた様子の升人に山川はまとめた資料を突きつけ、机の上へと置いた。


「二ノ宮詩織さんの脳波や検査データはほぼ実験前のものに戻っています。彼女は…… ただ彼とここで遊んでいたいだけ……」


「皆まで言うな、山川くん。わかっているさ」


 二ノ宮詩織はもうほぼ完治している。

 それが山川の見解であった。

 しかし、升人は是とは言わない。

 驚きながら山川は升人の読めない表情を見つめる。


「じゃあ、なぜ……」


 ふう、とため息をつきながら升人はゆっくりと手元の紅茶を啜った。

 そして面倒そうに口を開いた。


「僕も責任をとってここへ飛ばされた時は腐ったものさ。でもね、こののどかな場所もそう悪くない。僕の優秀さが証明されてわざわざ都会に戻るのもなあ、ってね」


 その答えを聞くと、山川は呆れたように胸からリボルバーを取り出して升人の頭へと突きつけた。


「……はあ 呆れた。もういいです。明日は有給でサバゲしてきますね」


 そして引き金を引くと、勢いよくドアを閉めて院長室を後にした。


 額を押さえながら升人は顔を顰める。


「いてっ! もうっ! いちいち撃つなって‼︎」


 そして窓に近寄ると新たに出来たらしい友達と笑いながら柔らかな表情を浮かべる亮介と詩織を見つめた。


「はあ…… 退院の時期なら彼女が決めるさ。何せ彼女は賢い子だ」


 窓を開けると遠くに聞こえる潮騒と、緩く暖かなそよ風が春がそこまで来ていることを伝えていた。





 〈完〉

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