18 起きる
瞼を閉じそうになりそうな薄い意識の底にヤクザのおっさんの不快な笑い声と会話が聞こえてくる。
「ヒャッハッハッハアッ‼︎ ざまあないな! クソガキぃぃぃぃ‼︎ たっぷりかわいがってやるぜぇ‼︎」
「ワタシ一働きした。ボーナス寄越すネ」
「それはもちろん! しっかり払わせてもらいますので……」
グルグルと回る景色の中で俺は必死に眠気を堪える。
……今眠るのはまずい
飛び込んでくる凛とした声が辛うじて俺の意識を繋ぎ止める。
「りょうくん‼︎ よくもりょうくんを‼︎」
「メスガキ! 大人しくして…… ぐべっ⁉︎」
「うるさい! 悪の戦闘員どもめ‼︎」
ぼやける視界の端に詩織が暴れ狂う様が映る。
……ダメだ
声を絞り出すが全くボリュームが出ない。
「……うう やめろ…… 逃げろ! 詩織‼︎」
視界が悪くてもヤクザの親父が慌てふためく様が見えるようで不快な声も聞こえてくる。
「せ、先生‼︎ あの女もお願いします‼︎」
「あーあ。女の子1人に情けないネ」
ヤクザの構成員どもを蹴り飛ばした詩織が黒禍の前に立ち、いつものポーズを決めるのがボンヤリと見える。
「この悪の拳法家め! お前みたいなヤツはこのスーパーしおりちゃんがやっつけてやる‼︎」
「ごっこ遊びは時と場所を選ぶネ。このおいたは高くつくヨ?」
黒禍のニヤついた声がしたと思うと詩織が飛びかかり蹴りを放つ。
「とおっ‼︎」
黒禍は詩織の蹴りを受け止めるとそのまま足首を掴んだ。
「女にしてはやるネ。でもネ……」
詩織はそのまま脚をテコにして投げ飛ばされる。
しかし、宙返りして再び黒禍へと突進していく。
……クソ! 逃げろ! 詩織!
黒禍がニヤリと笑いながら片腕を詩織へと翳した。
「ワタシの暗殺拳法は世界一ネ! 猫の子一匹くらいイチコロネ」
何らかの暗器を使われたのか、詩織の首筋に小さな針が刺さったようだ。
そのまま詩織は床に崩れ落ち昏倒する。
ヤクザの不快な高笑いが俺の脳裏に響いてきた。
「はっはっはっは! ざまあみろ! クソガキども‼︎ おい! お前ら! さっさと起きて女どもを運び出せ! 男どもはミンチにして海に捨ててやろうか?」
「かったるい仕事ダタネ。しっかり払わないと殺すヨ?」
「……わ、わかってますよ、先生」
プツリ、と俺の頭の中で何かが切れた気がした。
俺は「気付け」をすると痛みを堪え、立ち上がった。
……これは罰だ
「……おい よくもやってくれたなあ……! お前らは禁忌に手を掛けた……」
脂汗がダラダラと滴り落ちるのが自分でもわかる。
ヤクザのおっさんが青ざめながら俺を見つめ後退りしていた。
「⁈ クソガキ! しぶてえぞ! 先生! またお願いします‼︎」
黒禍は相変わらずムカつく顔で俺の方へと向き直り、そして俺の手元を見ると少し驚きの表情を浮かべた。
「やれやれ。ワタシの痺れ毒を受けて立ち上がってきたヤツは初めてネ。……爪を噛み切って気付けをするとか正気カネ? クソガキ」
そう、俺は自分の爪を噛み切ってその痛みで自分の意識を覚醒させた。
どす黒い怒りが己の心中に渦巻くのが感じられる。
「……おい 殺してやるぞ クソ野郎」




