17 歪む景色
リーダーらしきおっさんは、机の影に身をすくませながらヘイフォと呼ぶ男を見上げた。
「先生ぇ……! 危うくガキ相手に不覚を取るところでしたよ!」
黒禍は不敵な笑みで拳を鳴らし、俺を見ながら黒い笑みを浮かべた。
「クククク…… すまんネ。近所でビリヤード打ってたネ。ワタシの名は李黒禍。よろしくネ」
黒禍はそんなふざけた挨拶をかましてきた。
ヤクザのおっさんは高らかに笑いながら先程とは態度を一変させ余裕ぶっている。
「ふはははははは‼︎ 黒禍先生はなあ! 闇の世界で有名な暗殺者なんだぜぇ⁉︎ お前なんぞ一撃で終わりだ! クソガキぃ!」
俺はイキった顔のおっさんを見ながらため息をつく。
本当に呆れたおっさんだ。
お前が強くなった訳じゃないだろう。
「うるせえよ、お前が強い訳じゃないんだろ?人の後ろに隠れてイキって無茶苦茶だせえんだよ」
「……ぐっ! クソガキ! 先生! あいつは殺しても構いません! やっちゃってください!」
黒禍は肩をすくめ、俺を品定めするように見つめてくる。
「……はあ やれやれネ。殺しは値段はるヨ?」
「……うう 半殺しでお願いします!」
「本当にだせえなお前ら」
「うるせえ! クソガキ! 死ね!」
「やれやれ、そろそろヤルネ。クソガキ」
そう言って黒禍は薄笑みを浮かべ手のひらをこちらに向け独特の歩法でこちらに近づいてきた。
俺はオーソドックスに総合格闘技の構えで迎える事にする。
「お前をぶっ倒せば終わりだなあ! こんなアホな組織俺がぶっ潰してやるぜ!」
「りょうくん! 私もやるう!」
詩織が手を上げこちらにテクテクと向かってくるが、黒禍から目を切らず俺は懇願する様に叫ぶように言った。
「頼むからそこで待っててくれ、詩織! 後でそこのボスはボコらせてやる。それとプリンを後で10個買ってやるから」
「……ぶう 仕方ないなあ!」
黒禍はふうと息を吐く。
「舐められたモノね、ワタシも」
「ふん! 舐めてんのはてめえだ。いくぜ殺し屋野郎!」
一息の間合いに達した時、俺は黒禍に向けてローキックを放った。
黒禍は後転するように俺の蹴りをかわし、同時に何かを投げつけてきた。
俺は身を捩ってその何かをかわす。
壁に突き刺さったそれは紐のついた何らかの刃物だった。
「……妙な武器を使いやがる」
黒禍はニヤリと笑いながら紐を引っ張り手元に戻すと拳を握り半身になって向かってくる。
「クククク……! 功夫 を応用したワタシの暗殺拳法は無敵ネ……!」
「何人も殺してるんだろ? 俺に殺されても文句言うなよ? 手加減しねえからな!」
「ハハッ! 全く可愛くないガキネ!」
そう言って黒禍はスピードを上げて蹴りと突きを繰り出してきた。
「西」の総合格闘技とは違う東洋武術のトリッキーなその突きと蹴りに俺は戸惑うが、何とかその全てをパリィで捌ききる。
すると黒禍は床に転がりながら蹴りを放ってきた。
俺は足元を掬われ、思わずつんのめる。
「おおっ……⁈」
「チリャァ‼︎ 暗殺拳『柄』ネ‼︎」
しかし、俺は転ぶ前に敢えて後転し体勢を整えると追撃してきた黒禍の右腕をなんとか捉える。
「……グゲッ⁉︎」
「お前の拳法は古臭えしだせえんだよ!」
そうしてそのまま黒禍を引き込むと床に転がし、襟首を掴み絞め技で固めた。
ヤクザのおっさんは後方で何かを叫んでいる。
「……先生ぇっ⁉︎ クソッ! 役立たずめ!」
このまま数秒締め上げれば、黒禍を落とせる。
そう思った時だった。
黒禍が締められながらもニヤリと笑う。
「クククク……! 強いネ! 坊や! だがネ? ワタシも数年殺し屋やってるネ」
「ああ? ごちゃごちゃうるせえ。さっさと締め落として……」
その時、俺の視界がグニャリと歪み身体中から力が抜けていった。
黒禍が力の抜けた俺の拘束から逃れ立ち上がるが、俺は身体を動かせずそのまま床に倒れ伏す。
黒禍は薄笑みのまま手のひらに仕込んだ棘のある暗器を見せてきた。
「クククク! 漸く効いてきたネ! 痺れ薬だから安心するネ。もちろんお前のその後の事なんか知った事じゃないけどネ」
「……クソッ!」
俺は袖の破れた場所に微かな傷が付いていることを確認し不覚に気づく。
先程の攻防の際に暗器に仕込まれた毒を食らったらしい。
……まずい!
俺はどうなっても構わないが、詩織が危ない……!
薄くなる意識に詩織の声が響いてくる。
「りょうくん‼︎」




