アンside①
「…ァ、ティ…ア、ティターニア!!!」
「はっ、」
訓練中昨夜のことを思い出してしまったら、私の腕の中には既に気絶している同僚がいた。
「す、すみません…!」
屍となって積み重なった同僚たちに申し訳ない気持ちになる。
今日は初めから心ここに在らず状態で、基礎訓練の外周はノルマより何倍も多く走ってしまうし、模擬刀での訓練は相手を気絶させてしまうし、今していた体術の訓練でもやらかしてしまった。
「どうしたんだ、今日は」
直属の上司であるルータスに呆れられる。
申し訳なくて謝るしかできない。軍人たるものいつ何時でさえ気を引き締めなければならないのに。
不意に思い出すレンブラントとの甘い時間に顔が真っ赤になる。
「しばらく休め」
「かしこまりました…」
木陰で訓練しているのを眺めていると、レンブラントが副師団長のユースと共にやってきた。回復魔法が得意な彼は、私が積み上げてしまった同僚の屍を治療している。
治療が終わると事情を話しているのかしきりにこちらを見ていた。きっと怒られるに違いない。
そもそも、だ。
格闘ゲームで平民なのにチートの魔力を持っていて五大魔法を全部習得するに飽き足らず、自ら魔法研究を行う第一人者で、いつも女性に対して仏頂面の騎士団長が、昨晩あのような甘い雰囲気を出すのが悪い。
まさか恋愛しましょうとなるとは思ってもみなかったのだ。ただ双方の利益の為に結婚するだけだと思っていた。それが「平民は愛し合える関係の人としか結婚しない」という観点から、恋愛することになってしまった。
アンより強いのに加えて、顔もイケメンで性格も良いという非の打ち所がない人にあんなことされたら心臓が吃驚するのは無理もない。心なしかこちらに近づいてきているレンブラントに「来るなー」と念じたところで通じるわけもなかった。
「ティターニア」
「はっ!」
「何があった?」
貴方のせいですよとは言えず、口はまごつき目が泳ぐ。
「昨晩の事か?」
そう言われて固まると、レンブラントは溜息をついて「訓練に私情を持ち込むな」と冷ややかな目線をアンに浴びせて去っていった。あまりにも正論すぎて自身の顔がカッと赤くなる。
そうだティターニア。私はここに強さを求めに来た。
たとえチートすぎる婚約者ができて、甘い雰囲気を出されたとしても訓練は訓練。一つ一つ積み重ねないことには、いずれレンブラントに勝つことなんてできない。
魔法が使えないティターニアは剣でレンブラントと対抗することになるものの、剣捌きも一流で、そこに魔法を付与しているレンブラントは歴代最強の騎士団長だ。
最強の栄光はティターニアが持っていたはずなのに、いつしかレンブラントに渡ってしまった。アンはその最強を超えるために日々訓練に励んでいる。
奥歯を噛みしめながら己の不甲斐なさに腹が立って、思いっきり両手で頬を叩いた。バチーンという凄い音が訓練場に響き渡る。音の鳴る方向へ目を向けた隊員たちがアンを見つめる。その視線を感じながらもルータスの所へ行き頭を下げた。
「申し訳ございませんでした!訓練に参加させてください!」
声を掛けられるまでの数秒。重苦しい雰囲気の中、ルータスの溜息が聞こえる。
「ティターニア…、お前はその腫れあがった頬をどうにかしてこい」
―…やってしまった。
隊員たちが口々にぷっと吹き出し笑い始め、大爆笑の中見送られて救護室に行くことになってしまった。
男性隊員であればルータスもそこまで気にしなかったであろうが、女性隊員で尚且つ顔ということもあってそのままにしておくのは忍びないと思ったのだろう。
気遣いはありがたいが、このまま訓練を続行して良かったのにと不貞腐れてしまう。