レンブラントside①
「はあ」
仕事を終え、本日何度目かわからない溜息を自室でワイングラスを片手にしている。
頭の中を占領している存在はアン=ティターニアだ。
騎士団長室で求婚されたかと思えば、その噂は瞬く間に広がりアンがレンブラントを好いていて求婚したというのは王宮中が知ることとなってしまった。
噂の最中であるティターニアはといえば、求婚した後に同期に絡まれてはいたものの普段と変わらない訓練をこなし女子寮へと帰っていったそうだ。その豪胆さは尊敬に値するが、彼女がいつもと変わらない分こちらへの質問が異常なほど押し寄せた。
隊員の中にはアンに好意を寄せている者も多いがなぜか「団長だったら致し方ありません…」としょんぼりしながら言われ、「おめでとうございます」とまで言われてしまう始末。返事はしていないのにも関わらず、外堀を埋められてしまった。これで断ったとなれば彼女の尊厳が傷ついてしまう。
だが年若く美しい将来性のある彼女と中年のおじさんが結婚してもいいものなのか。それにこの結婚は予知を避ける為のもので彼女の意思ではないはずだ。貴族だから利益の為に結婚するのは当たり前だという彼女の言い分は、平民上がりであるレンブラントにはわからない。愛がないのであれば結婚する意味はなんだというのが正直な感想だ。
―コンコン
「はい」
「おーっす」
そう言って入ってきたのは副師団長のユースだった。片手には高級ワインが握られている。
「どうした?」
「いやー、今日はお祝いでしょ」
「何の?」
「そりゃ、お前とアン嬢のさ」
「…頭が痛い」
「ははっ、まあ飲もうぜ」
自分の部屋のように戸棚から2つワイングラスを持ってきたユースは、それに持ってきたワインを注いだ。
「これに入れてくれればいいが」
持っていたワイングラスを差し出すと「何言ってんの。味が混ざるじゃないか」と怒られてしまった。
「で、実際はどうなのさ」
「どうとは?」
「アン嬢に求婚されたんでしょ。その後は?」
「…保留にしてもらった」
「なんでまた…。断るかと思ったのに」
「貴族は双方の利益の為に結婚をすることに躊躇いはないそうだ」
「なるほど。お互いに利益があることで尚且つこの国に関わることか?」
「…まあ、そんなところだ」
「ふーん。なのに保留ねー…」
公爵家の次男であるユースには貴族の結婚というのは十二分に理解しているのだろう。なぜすぐに良い返事をしなかったのか疑問に思っているはずだ。
「…平民は普通愛する人としか結婚しない」
恋愛結婚が主流の平民にとって、利害が一致したから結婚というのは特殊な例だ。
レンブラントの父と母はお互いが恋焦がれて結婚したと言っていた。レンブラントにとって夫婦とは両親のことであり、恋焦がれて結婚というのは理想であるように思えた。
いつか結婚するとなれば、それはお互いに好意があってのことだと思っていたが現実はそうではなかった。それはこの歳になってもレンブラントは恋というものに対して理解ができなかったからである。
そんな彼に両親は「気長に待てばいい」と言い、見守ってくれている。
「でもそうも言ってられないんでしょ」
「まあ、な…」
事情が事情なだけにユースに話せないが、レンブラントの結婚相手によってこの国が滅ぶかどうかが決まるとは思ってもいないだろう。
「レンブラントはさ、貴族の結婚は不幸だと思っている?」
「どうだろう…。お互いが割り切っているのであれば不幸ではないのかもしれないな」
「はあ…。あのね、そりゃ割り切っている人もいるかもしれないけど、少なくとも僕はキャサリンと出会えて良かったと思っているよ。確かにお互い家の為の結婚かもしれないけど、少なくともそれだけじゃない。
その縁から恋愛に発展することだって大いにあり得ることだし、僕たちがそうだよ。だからきっかけがどうであれ、夫婦になった後に君の理想的な夫婦になる可能性だってある」
「そう、だな…」
「何もかもが自由にできるわけじゃないんだ。なら、選択した先が良い結果になるよう努めるのが最善じゃないか?」
「…ああ。すまないユース、行くところが出来た」
「はいはい。じゃあ戸締りはしておくから」
「助かる」
そう言うと走って自室を出て、女子寮まで行き寮母に取り次いでもらった。