レンブラントside②
―そして冒頭に戻る
「アン=ティターニア」
「はっ!」
「今なら失言を見逃してやる。戻れ」
「失言ではございませんので戻りません!」
「はあ…」
右手を頭に添えて間違いなくこの日一番の盛大な溜息をついた。
「俺は別の相手と結婚せねばならない」
「その結婚相手と結婚する前に私と結婚しましょう!」
食い下がるティターニアに違和感しかない。
普段であれば上司の命令は絶対と言わんばかりに退出するというのに。
「なぜだ?」
「私は団長を、あ、あ…あいし…」
あからさまに真っ赤になった顔を見ながら溜息をつく。
「見え透いた嘘はよせ。何が目的だ」
2人の間に沈黙が流れる。
レンブラントの探るような目から逃れるようにティターニアは目線を外した。
「…その、相手が問題です」
「お前は相手を知っているのか?」
「サジェスト嬢、ですよね?」
「なぜ知っている」
「そ、それは…」
このことを知っているのは、王と副師団長のユースのみだ。騎士団長室は機密事項が漏れない為に防音の魔法が施されているので、外部にいる者に部屋で話していた内容を聞かれることはない。
目が泳ぎまくっているティターニアを見ていると、ティターニアは深呼吸をして覚悟を決めたようにこちらをキッと見た。その凜とした姿に思わず心臓が高鳴る。
「予知したからです」
「予知?」
「ティターニアでは男は強さを、女は予知の力を授かります。でも初代は元々どちらの力も持っていました。世代を経ることでそれが性別で分かれましたが、私は先祖返りでどちらの力も持ってしまいました。
昨晩、予知しました。
団長が隣国のサジェスト嬢と結婚し、呪いを受けてしまうことを…」
「呪い?」
呪いは随分前に禁止された魔法の一種だ。
人を錯乱させ陥れるものや、人を意のままに操ることが出来るという面から危険性が高い。
それ故に禁止を決めた当時、魔法を伝承させない為に呪術師を1人残らず殺したという。
戦いは熾烈を極めるもので数多くの魔導士が儚く散っていった。
そうをしてでも当時の人々は呪いというものを後世に残してはならないと考えていたのだ。
「はい。その呪いは影に潜み騎士団長の精神を蝕んでいき、やがてサジェスト嬢の傀儡となるのです。私が最後に見たのは、その、ここで仲間を…」
そういうティターニアの顔は青ざめていた。
嘘をついているようには見えないが…。
「その話を鵜吞みにできる程の証拠がない。それにこの婚姻は王命だ。気軽に断れるものではない」
「だから私と結婚しましょう!」
「話にならない。退出しろ」
「…っ!私だったら!私だったらその婚姻を辞めさせることができます!」
叫ぶように言い切ったティターニアに続きを促すように言うと、彼女曰く、強さや予知といったティターニアの力を王族は代々重宝していて、それ故に代々優遇されてきているという。
表向きは魔物討伐の為としているが、その力が他国に渡らないように協力関係を結んでいるというのが真実。
「そんな重大なことを俺に言っていいのか…」
「未来の旦那様に言わない理由はないでしょう」
ハッキリとした物言いの彼女には好感を持てるが、この場では頭を抱えるしかない。
そもそも、だ。
仮に予知が本物だとしてそれを回避する為だけに男と結婚する女がいるのか。
レンブラントは34歳でティターニアは18歳。年の差を考えるとティターニアには妙齢で彼女の隣に合う男が他にいるのではないか。
チラッとティターニアを見ると銀色の髪は陽の光で輝いており緑色の瞳はこれまでにない程力強い決意に満ちている。
「…時間をくれ」
「わかりました。団長のお時間を頂き申し訳ございません。これで失礼します」
見事な敬礼をした後に出ていったティターニアを見ながら再び溜息をついた。
―この時レンブラントはティターニアを気遣う気持ちがありながらも、結婚について嫌だと思っていない己の気持ちに気づいていなかった。