制裁
それが起きたのは、クルルがこの国に来る数日前のことだった。
森の中を歩く二人の魔物使いがいた。
片方は革の鎧を、もう片方は鉄の鎧で身を固め、何かに備えているようだ。
後ろには連れの魔物が二匹。翼を羽ばたかせる緑の小竜と、大型犬くらいの大きさの蜘蛛だった。
魔物達も警戒しながら、従順に二人の後を追う。
「見つかったか?」
「いいや、ダメだ。魔物はちょくちょく見るんだが…そっちはどうだ?」
「いや、だめだ」
情報を交換し合う。どうやら探し物のようだ。
「なあ、騙されたとかじゃあないよな」
「俺もそうだと思いたいがな…」
進展のなさに疑心暗鬼になる二人。
森に出かけた人間が帰ってこない。
始まりはこの噂からだった。最初はただ森で迷子になり、魔物にでも襲われたか。
冒険とは常に危険と隣り合わせであり、まだ未開の地である事もあって別段珍しいことではなかった。
だがその報告が増えていくにつれ、国はこの事を危惧するようになっていた。
そうして派遣されたのは二人の魔物使い。勇者には及ばないものの、かなりの手練れ。
魔物とのコンビネーションは目を見張るものがあった。
「日が沈んできたな」
片方の男が空を見上げ、呟く。空が朱く染まり始めていた。
「そう、だな…一旦戻ろう。魔物達も休ませたい。何より夜は危険だ」
「はあ、上の奴らになんて報告すりゃ…」
「いや、お前達はここで死んでもらう」
「!!」
二人が声に振り替える。さっきまでなかったはずの気配。目に映ったのは…
血のように紅いマント。
闇より深い角。
そして威圧する赤い目。
人の形をした魔物…魔の王とも言うべき威厳を称えた男がそこにいた。
魔王。二人は直感で理解した。こいつは――危険だ。
「お前は…!」
「アンタの仕業ってことか…最近の行方不明者は」
二人の言葉に魔王をふっと笑った。
「成程、噂になっているということか…最近は妙に侵入者が多い。私としては助かっているのだがね」
二人の魔物使いの前に小竜と蜘蛛が躍り出る。二人も剣と弓を構えた。
「じゃあやっぱりアンタが…!」
「ああ、丁度良い。ここでとっちめて手土産にしてやる。」
「セイル!」「パルダ!」
二人の叫びに合わせて、竜が火を吐き、蜘蛛が糸を吐き出す。
魔王はそれを一瞥すると。
「はっ!」
寄せたマントを翻すと、突風が吹き荒れ、糸と炎を吹き飛ばした。
「うおっ!なんだ、コイツ!」
「そう簡単にゃいかねえか…」
二人は風に吹かれ、思わず腕で顔を隠す。
魔王はため息をついた。二匹の魔物を見据えて、口を開く。
「人間というのは弱い生き物だ。お前達魔物は、人間に支配されるような生き物ではないはずだ」
「私と一緒に来い。そいつらといては、お前たちは幸せにはなれん」
二匹の魔物に語り掛ける。ただの勧誘。だが、その言葉には魔物達の心に強く働きかける。
「てめえ、何いってやがる!俺の魔物を…」
「パルダ!もう一発糸を…」
二人は驚愕した。二匹の魔物は――魔王の傍へと動き出したのだ。
襲い掛かる様子もない、まるで長い間一緒に戦ってきた仲間のように。
「いい子だ」
魔王の手が魔物達を撫でる。そこには確かに慈愛があった。
「嘘だろ…オイ!セイル」
「パルダ!何やってんだよ!」
二人は声を上げるが、魔物は見向きもしなかった。
魔王は鬱陶しそうに二人を見据える。その眼には怒りがこもっていた。
「黙れ、人間…愚かで矮小な生き物め。お前達が魔物を操ろうなど、千年早い」
男は手を突き出すと、魔力が集っていく。
「…っ!ちくしょう!」
「逃げろ!責めてお前だけでも…!」
片方は逃げ出し、片方は弓を構える。
攻めて一撃。逃げる隙さえ作れれば。
相手についた魔物に気をやっている暇などなかった。
だが…
「死ね」
放たれる魔法。赤い波動となり、周囲を吹き飛ばし――
また二人。森から帰らぬ人となった。