脅迫
「な、何ですか…私は食べてもおいしくないですよ」
蛇に睨まれた蛙――ではなくリスのように、体を縮こませながら呟く。
味方も居なくなった今、蛇が何かを成そうとしているのは明白だった。
『そんなん知ってるぜ。それよりお前…やたら勇者勇者と口にしていたな?』
「え」
『お前ひょっとして…あいつらに詳しいのか?』
白蛇の口から出てきた予想外に理知的な質問に、少女は顔を上げた。
「え、えっと…あいつらっていうのは」
『さっきの奴みてーな、力の強い奴だよ。明らかにやべーのが居るだろ』
恐らく勇者の事だ、と少女は思った。
なんとなく嫌な予感はしたが、恐る恐る尋ねてみる
「し、知ってたら…どうだっていうんです」
『やっぱり知ってるよなあ…だからこうする』
蛇が悪い顔をした後、ぐわっと口を開いた。
巨大な顎が開くさまは何度見ても慣れないし、対象が自分だなんて慣れる事は一生無いだろう。
やっぱりさっさと逃げればよかった。
しかし後の祭りだった。ぐっと目を瞑って――
かぷ
「あだっ!?」
飲み込まれることはなかった、が。
口を閉じることなくその巨大な牙で器用に少女の小さな腕に傷をつけたのだ。
いやそもそも、傷なのだろうか。奇妙な痛みに少女が目を開けると――
「えっ…な、何これ…」
『ククッ』
痛みのあった腕に蛇のような奇妙な文様が浮かんでいた。
手を触れれば微かに熱く、脈動をしているような気がした。
「こっ、これは何ですか!?何をしたんですか!?」
明らかに碌なものじゃない、手で紋様を抑えながら白蛇を見上げて叫ぶ。
さっきとはまた別の不安が少女の頭を埋め尽くす。
『そいつあ俺の僕の印だよ…毒でもあるな』
「ど、毒!?」
『毒つってもすぐに死ぬわけじゃねえ。…俺様が許可するまで、だ』
確かに紋様以外には少女の体に異変はない。
しかし、この魔物が許可を出せば猛毒が体に溢れるらしい。
この蛇は自由に毒を操れるのか。
喋る事が出来る時点で、かなり特殊な魔物だ。
出来ても不思議ではなかった。
「や、やだ、しにたくない」
『ククッ、嫌だろう?だったら俺様の言う事を聞け』
『全部済んだら解除してやる』
何をされるのだろうか。公の場では言えないような事?
喰われるのよりはマシだろうか、いや喰われた方が多少はマシだったかもしれない。
しばらく沈黙した後、少女は頷くしかできなかった。
「わ、かった。」
『ククッ…賢い選択だぜ。それじゃあ――』
『俺の元にお前の言う勇者を連れてこい』