吸収
「あ、ああ…そんな…剣士様まで…」
間に合わなかった。伸ばした腕とともに少女は崩れ落ちた。
あむあむと白蛇の口が動く。
「ああやって弓使いも喰らったんだ…勇者でも勝てない、あの化け物に…」
圧倒的な力を誇る勇者をまるで赤子の手を捻るように。
あの化け物は一体――。
次の瞬間彼女は目を丸くした。
『べっ!!』
白蛇が飲み込んだ剣士を吐き出したのだ。べとりと嫌な液体に塗れた男が放り投げられた。
「えっ…は、吐いた!?不味かったのかな…?」
『ん~…まあまあだな。』
何にせよチャンスだと思った。とにかく彼を助けなければ。
上機嫌な白蛇を前に剣士へと走っていく。
「勇者様、勇者様!起きて下さ…あっ臭い!!」
剣士から放たれる悪臭に思わず身が引いてしまう。
嫌な臭いを放ちながら気絶する男は、あの立派だった勇者だとはだれも思わないだろう
その様子を見て白蛇がけたけた笑う。
『ハハハ、勇者サマも形無しだな!ハハハハ!』
「蛇さん!勇者様に何をしたんですか!!」
『何って、喰ったんだよ。そいつの力をな』
「力…?」
少女に疑問が浮かぶ。この蛇にとって人間そのものは餌じゃないのか。
力を吸収した…本当にそんなことができるのだろうか。
顔をしかめる少女をよそに、勇者が目を覚ました。
「う…臭、何だこの臭いは…。」
「勇者様!!良かった、生きてらしたんですね…!」
「私は…確か…。」
剣士が白蛇と目が合い、その瞬間に記憶が蘇ってくる。
近くに落ちていた鉄の剣を拾い、少女を庇うように立ち上がる。
『お、やる気かい。俺あ別に構わないが』
「化け物めッ!この子に近づいたら承知しないぞ!!」
「勇者様…。」
勇ましく彼女を守る剣士だがある異変に気付いた。
体の中から力が沸き上がってこないのだ。
竜すら切り伏せた力が。
「な…なんだ!?体がおかしい…いつもの調子が出ないぞ…!?」
『そりゃそーだ、俺様が喰ったんだからな』
「何だと…」
剣士は剣に魔力を注いだり瞳に力を込めてみても何も起こらない。
簡単に出せたはずの剣技が扱えない、体が重い。
体が技の出し方を忘れてしまったかのように。
「本当に…俺の力が…」
『さあどうするんだ?逃げるか?それとも…マジで俺様に喰われるか』
顔が青ざめていく剣士に白蛇が追い打ちをかける。
そして剣士は。
「うわああああああああああああああっ!!」
今までの威勢はどこへやら一目散に逃げだした。
少女を守っていた勇ましい背中はあっという間に彼方へと逃げだしていた。
その豹変ぶりに少女はぽかんとしながら剣士を見送った。
『ま、賢い選択だな』
白蛇は追う事もなく満足そうにしていた。
そして。
『おい女』
「はひっ」
次は少女の番だった。