剣士
森の奥から人影が一つ走ってくる。
焦げ茶色のマントをなびかせて、挑発するように大声を張り上げる。
「そんなか弱い子を狙うなんて!俺が相手だ、怪物ッ!!」
『ああん?』
無個性な鉄の剣を構えてその男は蛇を睨み付ける。
蛇もそれに応えるように睨み返した。
見た目からして10代か20代といったところだろうか。
彼を見てリスの少女は驚愕する。
「そんな、あなたは――勇者様!?」
「君!早くそこから逃げるんだ、僕が引き付けているうちに!!」
「え?あ、はい!!」
男に言われるままに少女は逃げ出す。白い蛇はそれを見ることなく勇者と呼ばれた男を眺めていた。
『ほう?そっちから来てくれるとはな――こいつは食いでがありそうだ!!』
「俺を食えると思うなよ、怪物!」
人と怪物の戦い――古くから続く英雄譚。
それが始まろうとしていた。
「間違いない…あれは勇者様だ…!私を助けてくれたんだ…!!」
一方逃げたリスの少女は少し離れた木陰で戦いを見守っていた。
彼女は彼を知っていた。
勇者――人としては規格外の能力を持ちその圧倒的な力で悪を滅ぼし国を救い
戦争を終わらせ町の発展させる。その功績は天井知らず。
どうして一人の人間がここまで大きな力を手に入れたのかはわからない。
まさに神ともいえる所業に彼女は憧れていた。
恐怖より憧れが勝ったようで邪魔にならない位置から観察することにしたのだ。
「頑張れシリウスさん…!」
剣士シリウス。剣聖と呼ばれた男。
平凡な剣士だった彼は長い努力の末に凄まじい剣技を手に入れた。
住んでいた町を巨大な竜が襲った際その剣技で竜の首を一撃で叩き落したという
彼の力ならあの巨大な白蛇すらチリ同然と化すだろう。
「ふんっ!!」
先に動いたのは剣士の方だった。
「喰らえ、化け物ッ!分身斬ッ!!」
一瞬にして三人に増えると同時に、目にもとまらぬ速さですれ違うように切り付ける。
魔物の群れを一瞬で壊滅させたこの技で三枚下ろしになるのは明白――いや。
増えた剣士が一人に戻り振り向いた先には。
『なんだ?なんかしたのか?』
無傷で平然と立つ白蛇が居た。