制止
「止めろだと…今お前が言ったのか?」
魔王があり得ないといった風に、竜を――ラニスを見る。
悪魔の少女に支えられながら、彼女は頷く。
「ああ…もう終わりだ、マスター。我々は負けたんだ」
「何いってるんだ…僕はまだ負けちゃいない!まだ試してない魔法だって…」
「マスター…どうして気付かないんだ。貴方は魔物を愛していたはずだ」
「倒れている魔物達は…まだ生きているんだ」
「!!」
気づく。魔物達は――確かに。倒れて動けないでいるが。
呼吸するもの、うごめくもの、痛みに震えるもの。
倒れている魔物達が全て生きていることに気づく。
「わかっただろう、マスター…戦いをやめて治療すれば魔物達は助かる」
「…だったら、ここで早くこいつを倒して…!」
「そんな事をしていたらみんな死ぬぞ!」
叫ぶ。体の痛みをものともせず、竜は叫んだ。
子供をなだめる様に。
『回復魔法でも使うか?その瞬間にお前を食らうけどな』
白蛇からの忠告。白蛇も魔王がどう動くか、興味があるようだった。
魔物を見捨てて戦いを続けるか。
魔物を回復して喰われるか。
あるいは全てを捨てて逃げるか。
「僕は…」
進退窮まった魔王は、決断をした。
両腕を広げ、そこから広がる魔力。
淡い光となって、周辺に降り注ぐ。
回復の魔法が、倒れている魔物達に降り注いだ。
瞬く間に魔物の傷が回復していく…
『…上出来だ』
白蛇はにやりと笑い――魔王に喰らいついた。
「…さよなら、僕の魔物達――」
「…マスター…」
もむもむと白蛇の口の中で数秒間。あっという間に魔王が体液塗れになったころ。
『べっ!』
そうして吐き出す。驚いたようにラニスが顔を上げた。
「えっ…えっ?マスターを喰うのではなかったのか?!」
『だから喰ったんだよ。そいつから力をな…もうただの人間と変わらねえ』
『あとはお前らの好きにしろよ』
満足げに舌を出す白蛇。吐き出された魔王に面影はなく、ただの少年に戻っていた。
最初に勇者を食べた時と同じように、その魔力はすっかり無くなっていた。
「ああ、マスター…生きてるのか…そうか…ははは…」
傷ついた体を引きずり、ラニスはリクの元へ歩いていく。
「うう…」
「マスター…生きているぞ、お前は…これで人を滅ぼすなんて計画もおしまいだな…はは…」
目が覚めて、無言でラニスを眺めるリクへと笑いかける。
失敗はしたが、どことなく嬉しそうだった。
「いや、まだ終わってないぞ」
そこへぞろぞろと人々が取り囲む…街の住人達と兵士だ。
「魔王の正体が勇者だったとはな…がっかりだ」
「俺達の仲間を殺したのも魔王だろ!どうするんだ!」
「裁判にかけるしかないだろう…重罪は免れないだろうが」
「というかデカい蛇はどうするんだ…俺らも食われるんじゃないか?」
『ふつーの人間には興味ねえわ』「そうなのか…変な魔物だな」
白蛇を気にしつつも、会話ができれば意思疎通も大したことはない。
少年を取り囲む人々を前に、傷ついたラニスが守るように立ち上がる。
「マスター…もうただの人間なんだろう。私の力が落ちているからな――お前は私が守る…この命に代えても…」
「待って、ラニス…駄目だ…」
そう言って瀕死の体で竜へと変身を試みる―――
「ちょっと待ってください!!」
民衆の後ろから響く声。
声の主はクルルだった。