暴虐
「死んだ…のか…?」
兵士達が動かなくなった白蛇を見つめる。その眼に反射して映る兵士達。
余りにも一方的。竜を苦戦させた白蛇を一方的に叩きのめす力。
これが勇者の本気。
だがその勇者はもはや魔王と化していた。
周りが混乱する中、先頭に居た兵士の一人が口を開く。
「リク殿、その姿は――」
と、疑問が出た時。兵士に向けて巨大な火炎球が飛ぶ。
あっという間に兵士は火に包まれた。
「あ、がっ!熱い!熱い熱い熱いいいいいい!!」
凄まじい高熱で燃やされ、転げまわる兵士。
「これは、何だ…一体…いや、誰でもいい!早く水を!誰か!!」
兵士の一人が叫ぶ。そして魔王を見る。
火炎は魔王が放ったのは明らかだった。
「その汚い口で私を呼ぶな――殺してしまいたくなる」
言葉には怒りと殺気が込められていた。
皆が口を噤む中、一人の少女だけはそれをしなかった。
恐ろしい敵を相手に、質問をぶつける。
「なんでですか…あなたは人々を助ける勇者様ではなかったのですか!!」
叫ぶ。魔王は攻撃することはなかった。
その質問に対し、ため息交じりに。
「勇者ね…最初はそれでもいいと思っていた」
「だけどね――気づいちゃったんだ」
「汚い仕事はすべて誰かに押し付け、自分達は利益を独占し」
「そして利益のために同族との殺し合いも辞さない」
「それなのに――魔物に比べて、物凄く弱い」
「…この世界に人間なんて、必要ないじゃないか」
はっきりとクルルを見据えて言い放つ。
その眼に迷いはなかった。
「だから決めたんだ――この世界から人間を全て消す」
「手始めにこの国から乗っ取ろうと思うんだ」
魔王はにこやかに、国の支配を宣言する。
人々は確信し、恐怖した。
彼は、人類の敵に回ったのだと。
彼一人で、この国を滅ぼすというのも不可能ではない。
勇者とはそれほどの存在なのだ。
「本当はもう少し後の予定だったんだけど」
勇者はぽつりと呟いた。
そして凶報はこれだけではなかった。
「皆、大変だ!大変なんだ…!」
門の内側から慌てた様子で駆けてくる一人の兵士。
息を切らす彼に、同僚が訪ねる。
「なんだ、どうした!今それどころじゃ…」
「魔物が…国中の魔物達が外に向かっているんだ!!」
「なんだと…!」
ざわめき。
彼の言葉によれば、国の魔物が全て人々の制御を離れ、勝手に動き出しているという。
そしてその言葉通りに、国を囲む城壁の内側から魔物の群れが歩いてきていた。
その数は数千にも上るだろう、軍団のような光景は圧巻。
「僕の覚醒と同時に、彼らも動き出したようだ」
「少しばかり予定は早まったけど――まあ計画通りかな」
「これは一体――何が起きているんだ!」
次から次へと起こる情報に人々はただ叫ぶだけだった。
「この国の魔物は全て僕の支配下にある」
「先ずは人間の殲滅といこう。魔物がいたんじゃ本気を出せないからね」
「とりあえず、最初は君達からだ」
魔王の上空に浮かぶ、魔力の塊、巨大な球。
爆発と衝撃の魔法。あれが放たれれば、ここに集まっている人間は一人残らず消し炭になる。
魔王の暴虐を止めようと、クルルはなおも叫ぶ。
「待ってください!貴方の…貴方の言ってることは変です!」
「何が?」
「確かに悪い人もいます、嘘をつく人だっています!でも…」
「そんな人ばかりじゃないはずです!優しい人や誰かのために戦う人だって沢山います!」
「貴方は悪い所しか見えてない!人間にだって良い所は…!!」
「煩いなあ」
魔王は彼女の言葉に対し、喧しそうに首を振った。
「君達に分かってもらおうなんて思っちゃいないよ…これから滅びるんだしね」
「さあ、光栄に思うといい。君達はこれから始まる魔物の世界の…最初の礎となるんだ」
「…ッ」
兵士も少女も、誰一人動くことができない。
少女はぎゅっと目を瞑り、衝撃に備えた。
『へえ』
そこに響く声。
魔王の攻撃の手を止めるには十分だった。
『それがお前の本性ってわけかい』
今まで少女の命を脅かした声。
しかし――それはある意味で、希望だった。
魔王はありえないといった風に、そちらに振り返る。
「そんな…何故生きている…!!」
『よお、王様ごっこは楽しかったかい…魔王様よ!』
全身に朱い槍を突き刺したまま――白蛇が動き出していた。
にやりと口元を歪めて―――。