覚醒
『へえ…殺すときたか』
相対する一人と一匹。だがその身長差はとんでもなく大きい。
動く小山を相手に、人が何をできるというのか。
『魔物がいない魔物使いってんじゃ、話にならないがな…ククッ』
勝利を確信したかのように白蛇は尻尾で地を叩く。上機嫌だ。
答えることもなく、少年が口を開く。
「ホントはまだやるタイミングではなかったんだけどね…でもいいや」
「こうなった以上は仕方ない、ついでだよ」
「君は『ついでに』殺す」
少年は片手間で始末すると宣言した。…同時に体から激しく魔力が吹き上がる!
放たれる衝撃が草木を揺らし、風を起こした。兵士達もクルルも、思わず顔を伏せた。
白蛇と少年だけがただ立っていた。
観戦する人間達が恐る恐る目を開ける。―――そこに居たのは。
血のように紅いマント。
闇より深い角。
そして威圧する―――赤い目。
そこに居たのは小さな少年ではなく。その姿は紛れもなく―――
「魔王…。」
誰かが呟いた。
少年は魔の王へと変貌を遂げた。もはや優しげな少年の面影はどこにもない。
「魔王だって…そんなバカな話があるか!リク殿はどこに行ったんだ!」
「いえ、我々にはリク殿が魔王になったように見えましたが…」
「そんなわけがないだろう!魔王は敵だぞ!我々の国を脅かす敵だ!」
今まで幾度と信じられない光景を見てきた兵士達だが、ここ一番で大きく狼狽える。
今まで国を助けてきた少年が、今まで国の住民を消してきた魔王が同一人物だった。
その真実は凄まじい衝撃を与えた。
無論勇者として信じてきたクルルも例外ではない。何が真実で何が嘘なのか、彼女は頭を抱える。
魔王は一言も喋らない。
それをよそに、涼しい顔で白蛇は敵を見据える。
『…で、それでどうしようってんだ?姿形を変えるだけならそこらの人間でも――』
気づく。元少年の魔王が、手を掲げている。
その先の先、青い空に広がる大量の朱い槍。魔力で生成されたそれは、シンプルな形状ながらもひどく鋭く、巨大だった。
それが空中に何本も浮いていたのだ。
『成程、こいつが勇者―――いや、魔王様の力ってわけかい!』
「貫け」
魔王が冷酷に口を開く。まず槍が一本、目にも止まらぬ速さで射出される。
竜の息吹の何倍ものスピード、まさに撃ち出されたというのが正しい。
白蛇は避ける暇もなく、槍に貫かれた。
『がっ…!?』
蛇が目を見開く。竜の一撃を絶えた鱗を貫通する。
それは槍の威力と速度が凄まじいことを物語っていた。
「次だ」
続けざまに二発、三発。次々に槍が放たれていく。
一撃を受け、槍が刺さったままの蛇に避ける暇などなく。
刺さるたびに衝撃で体が飛ぶ。
「さあ――止めとこう」
魔王が腕を振りおろす。残っていた槍が一斉に白蛇へ向かっていく。
真っ赤な雨が斜めに白蛇へと降り注いでいく。
『ぁ』
大量の槍に串刺しにされ、身動きが取れなくなった蛇が、何かを喋ろうとしたが。
開いた喉の奥に最後の一本が突き刺さり―――
白蛇は動かなくなった。