招待
クルルは竜の女性、ラニスと共に西の国を出て十数分の街道を歩いていた。
まさかの唐突な出会いに、クルルは緊張しながらラニスの後をついていく。
「そう緊張するな、とって食いやしないさ」
「いや、まさかこんな風に勇者様と出会えるなんて…」
クルルは緊張から下手くそな笑顔を浮かべる。
ラニスはそれを見て可笑しそうに笑う。
「しかし普通の少女が彼に頼みとは珍しい。普段は王族や貴族の頼み事を引き受けていてね」
「そうなんですか?ああいや、それもそうか…勇者って凄いですからね」
「そう、その通り、マスターは凄い人だからね」
自信満々に答えるラニスを見て、クルルは二人の信頼を感じ取った。
「そうだ、ひとつ伝えなきゃいけないことがある」
「何でしょうか?」
思い出したように振り返ったラニスを見上げて、首を傾げた。
「この辺りには魔王が居る。真っ赤なマントを羽織、黒い角を生やした…赤い瞳の凶暴な奴だ」
「魔王…ですか?」
魔王…魔の王、あるいは魔物の王という事だろうか。
少女の頭に浮かんだ疑問に答えるように、ラニスは続ける。
「最近この辺りで魔物の動きが活性化している…それと同じくして周辺でその男を見たという報告が上がっているんだ」
「同じ魔物の主として我がマスターが目をつけられたのかもしれない」
「えっ、そうなんですか!?大丈夫なんですか!?」
ラニスはふっと笑い、しかし、と続ける。
「私のマスターは凄く強い。魔王如きに遅れはとらないさ」
「それより心配なのは君さ。…下手にこの辺りを出歩かないように。一人ではね」
「大きな魔物に食べられてしまうよ」
「あ、あはは…」
既に喰われかけた記憶を思い出し、クルルは苦笑するしかなかった。
(魔王…やっぱり魔物だろうか。白蛇さんは何か知っているかな)
そういえば名前を聞いてなかった、と考え事をしながら。
「さあ、ついたぞ。ここが私達の家だ」
「うわあ…!!」
たどり着いた先には大きなお屋敷。その倍もある広い庭ともども大きな鉄の柵で囲っている。
庭の中心には、魔物達と戯れる少年が居た。
少年のすぐそばにいた、悪魔的な少女が手を振りながら、ふわふわと浮いて近づいてくる。
銀髪のショートボブ。羊の角に真っ黒なとがり尾。
黒い蝙蝠の翼がゆらゆらと揺れている。何より気になるのは肌色の多い服だった。
胸と股間以外が丸出しだ。…趣味だろうか、とクルルは怪訝な顔になった。
「あ、おかえりラニス!どうだった?」
「ああ、魔物達が暴れている様子はないよ。今のところは」
「そっかー、町に被害出る前になんとかしないとねー」
ラニスと悪魔の少女が会話をする。会話からして、町のパトロールでもしていたのだろう。
(平和のために警戒を欠かさないなんて、流石だなあ…)
ほう、と感嘆の息を吐く。それに気付いたように、悪魔の少女はラニスの横から顔を出してクルルを見た。
「うん?その子だあれ?マスターのしもべ希望さん?」
「ははは、違うよ。彼女はマスターに願いがあって来たそうだ」
「へー、めずらしー」
「あ、あの…」
じいと悪魔は珍しいものを見るように――実際に珍しいのだろう。クルルの周りをぐるっと回った。
「ふふ――彼にお願い、かあ。しもべ希望ではないとなると、なんか凄い魔物でも出てきたのかな?」
「え、あ、はい…なんというかそんな感じなんですけど」
獣人も魔物扱いでいいのかな、なんて少女は呟きながら。
少し遅れて魔物と戯れていた少年がやってくる。
「やあ、話は聞かせてもらったよ。僕は調教師リク」
「それじゃあ、詳しく話を聞こうか」
子供とは思えない要領の良さに、クルルは不思議な感覚を覚えた。