捜索
「すいません、お水ください」
「はいよ」
酒場。冒険者と情報が集まる食事処。
リスの少女はそこで一息ついていた。
無精髭を生やした男性が水の入ったコップをカウンターに置いた。
「連れてこいと言ってもなあ…」
少女は数日前に白蛇に言われていたことを思い出していた。
――――――――――――――――――――
「連れてこい、って…連れてきてどうするんですか?」
『これまでと同じさ、喰うんだよ。さっきみてえにな』
「っ…! やっぱり貴方だったんですね!!弓使いの勇者を食べたのは!!」
『あー…喰ったかもしれねえ、覚えてねえわ』
白蛇はとぼけたような答えをする。いや、本当に覚えていないのかもしれないが。
「むうう…連れてきて、そして食べる気なんですか!嫌ですよ!勇者様は貴方の餌では…!」
『じゃあ死ぬか?』
「うっ」
腕に刻まれた紋様が怪しく輝く。少女は慌てて取り消した。
言いなりになるのも、勇者を呼ぶのも心底嫌だったが――
力のない少女に出来る事はなかった。
「…分かりました」
『ククッ…何、お前はただ連れてくるだけでいい』
『俺様は勇者と戦って喰らう。もし勇者が勝ち、俺が死んだなら』
『お前は俺様から解放される。だから全力で連れて来い』
「えっ…?」
つまりこの毒が消えるという事?嘘か誠か、この追い詰められた状況では信じるしかなかった。
発せられた希望に顔を上げて目を見開いた。
これはチャンスだ。もし勇者を呼んで、白蛇を退治してもらえれば。
毒も消えるし、憧れの勇者の仲間になれるかもしれない…!
『やる気が出たようだな…分かりやすい奴だ。じゃとっとと行ってこい、俺は寝る』
そういって白蛇は眠ろうと体を横たえ――思い出したように顔を向ける。
『そういやお前の名前はなんだ?』
威厳もへったくれもない間抜けな質問に、少女は軽くよろけた。
「…クルルです。リスの獣人クルル」
――――――――――――――――――――
そうして彼女がやってきたのは西の国。
この国では魔物をよく見かける。冒険者の仲間だったり、奴隷だったり。
人を襲うような様子は一切ない。この国特有の職業、調教師がいるからだ。
魔物と心を通わせ、教育する。
少女にとってにわかには信じられない話だが――こうして実際に酒場で働くコボルトを見ると信じるしかなくなってくる。
そしてこの国に来たのはもちろん勇者を探すためだ。
伝説の調教師リク。
強大な魔物を従え、数百を同時に操るという。
まさに国一つの戦力を有し、彼の存在のお蔭でこの国は平和のようだ。
そんな人がいる国に攻め込めば返り討ちに会うのは必然だからだ。
「店長さん、ちょっと聞いていいですか?」
お冷を飲み終えたクルルは、酒瓶を洗っていた男に尋ねる。
「…ま、嬢ちゃんは可愛いからいいだろう。本当は何か頼んでほしいんだがね」
「すいません…あの、伝説の調教師を探しているんです。すごく強いっていう」
「むっ…彼をかい!?」
男は驚いて手を止めて少女を見た。
「確かに彼は凄く強い。美人の姉さんも連れているし、私もあったことがある。彼を探しているという事は、嬢ちゃんかなり訳アリと見たね」
「はあ、まあ、大方当たりです。…私の国に凄く強い魔物がいまして」
話すと長くなる、クルルは嘘を混ぜながら話をする。
勇者を倒すほどの魔物なんて普通の人は信じないだろう。
「とは言ったものの、私も彼の居場所は知らないんだ。最近は町に顔を出さないことも多い」
「そうなんですか…」
余り有益な情報は得られなさそうだ。困ったように耳を垂らしていると。
「わがマスターに何か御用かな?」
後ろから声を掛けられた。
振り返った先に居たのは、女性だった。
煌めくような金の長髪と威厳のある釣り目が特徴的な女性だった。女であるクルルが見とれてしまうほど綺麗だった。
ただ、その瞳は爬虫類のように細く、頭から角を生やし、腰からは鱗のついた尾が生えている。
「あ、あなたは…?」
「私はラニス。君の探し求めている男のしもべさ。」
少女を見て、竜のような女性――ラニスは、にこりと笑った。