第41話 新たな仲間
亡くなったアンリさんを抱きかかえたまま泣いていた俺の視界が急速に暗転した。次に気がつくと、見慣れた、でも久しぶりに来る場所だった。
「おかえり」
ユイが声をかけて近づいてくる。こちらの事情を把握しているのか、アンリさんの状態を確認していく。
「死んだんだ」
俺がぼそりとつぶやく。
「うん。でもまだ間に合うわ」
「へ?」
「彼女の魂はまだ抜けきってない。説明してる時間は無いから、さっそく始めるわよ!」
そう言ってユイはどこから出したか空中にコンソールを出し、すごい速さでタイピングをしていく。
「装置はこれと……これと……これね!」
最後の入力が済んだのか、タイピングが止む。そして部屋内に、形の違う装置が3つ出てきた。
「ここに彼女を寝かせて」
とある寝台風の装置を指さして言う。俺は戸惑いながらもすぐに彼女を装置の上に横たえる。その間にもユイは別の2つの装置をアンリさんの近くに持ってきて、起動させた。
ユイが照射機の様な装置をアンリさんにかざすと、アンリさんの身体が淡い白色の光に包まれ、それを膜とするように、まばゆい光が中に入り、球体として空中へと浮かんできた。
ユイはすかさず、もう一つの装置を起動させ、光を装置の透明な筒状部に誘導し収納する。
「よし!成功よ!」
俺には何が何だかわからない。
「アンリさん、でよかったかしら?」
ユイが光に向かい話しかける。すると――
「は、はい」
アンリさんの声がする!?筒状の装置から出力されてるようだ!俺は驚きから開いた口が塞がらない。
「あ、あの……私はどうなっているのでしょう?すぐそこに私の身体が視えるのですが……」
色々戸惑っているようだ。うん、俺だって混乱している。
「あなたはあの時、確かに死んだわ。でも私は異世界への案内人。講師も兼ねてるけどね。ここに来るのはほとんどが魂の状態だから、この手の扱いには慣れてるのよ」
なるほど。ということは、あの光はアンリさんの魂で、あの筒状の装置で保護してる……と?
「す、すごいんですね」
あ、これはアンリさん理解してないわ。まぁ、この空間に来るのも初めてだしね。
「あなたには二つの選択肢があるわ。一つは、元の世界で輪廻転生すること。その場合、記憶はなくなり、一から人生、というか人間に生まれ変わるとは限らないけど、生を始めることになるわ。まぁ、今回は特例として、生まれ変わりたい生物を選ばせてあげるけど」
情報をかみ砕く間を与えているのか、ユイは少し間を置く。
「もう一つは、別の異世界に転生することね。今の記憶を持ちながら、別の世界で生まれ変わるの」
「え、えっと……別の世界ですか?」
そりゃ戸惑うよな。ラノベ文化なんてないとこから来たと思うし。
「まぁ、ここまで手を出したからね。勝手に異世界に放り出すことはしないわ。こいつと一緒に異世界に行くための準備をするのもOKよ」
そう言ってユイは俺を指さす。気のせいか、魂の状態(光)のアンリさんからも視線を感じる気がする。
「ほんとはこんな形で管理者が手を出すのはよくないんだけどね。まぁ、突っ込まれたら、スカウトってことにでもしておくわ」
管理者とかよくわからないが、今回は特例で助けてくれたってことかな?
「……」
アンリさんは考え込んでいるのか、無言だ。
「あなたには異世界転生の素養があったから話を持ち掛けてるけど、つらい記憶だったら持ってるのはつらいだろうし、元の世界で生まれ変わるのをオススメするわ」
そうだな。アンリさんにとってあそこでの思い出はつらいものが多いだろう……。
――だが、俺の予想に反し、アンリさんの答えは違った。
「私は異世界に転生したいです。彼と一緒に」
――彼って誰だ?
「ちょ、ちょっと。別にこいつと一緒に転生する必要は無いのよ?あくまで準備は一緒にしたらってことで言ったのであって、一人でも転生させてあげるわよ?」
ユイが俺を指差しながら言う。
「い、いえ。できれば、彼と一緒に転生したいです。彼が迷惑じゃなければですけど――」
そう言って、ユイとアンリさんが俺を見る(アンリさんは光の状態だからたぶんだけど)。
「彼って呼ばれるのもムズがゆいな。俺のことはユウスケと呼んでくれ」
そうして、俺は名乗る。
「初めて知ったわ」
お前は前から知ってただろ。……あれ?そう言えばユイに名乗ったことあったっけ?――思い出せない。
「ユウスケ……ユウスケ……」
アンリさんが小さくつぶやいている。発音の練習だろうか。
「アンリさんが一緒に行ってくれるって言うなら、俺はもちろん大歓迎だ!というか、いつ異世界に転生させくれるの?」
そう言って俺はユイをジト目で見る。――あ、目をそらされた!
「じゃ、じゃあわかったわ。ユウスケ?が転生する時にはあなたも一緒の世界に転生させてあげる。それまでは一緒に講義を受けなさい」
「でも魂のままってのも不便じゃないか?」
俺が二人に疑問を投げかける。
「いえ、これ以上ご厚意に甘えるわけには……それに、この状態なら病も無いと思いますし」
アンリさんが遠慮がちに主張する。だがユイは――
「あなたの身体を修復して用意してあげましょうか?」
「「え?」」
俺とアンリさんがハモった。できるの!? そんなこと!?
「で、でも、不治の病にかかってて、それが原因で死んじゃって……」
アンリさんはうろたえながら説明を加える。だが――
「知ってるわよ? 見てたからね。あなた、儀式のためにホムンクルスを用意してたでしょう?それを使ってちょちょい……とね!」
そう言ってユイは再びコンソールを出してタイピングしていく。青年っぽい人形――ではなく、ホムンクルス――が空中から出てきて宙に浮かぶ。
「そ、それです!でもどうやって……」
ユイのタイピングは止まらない。さらに二つの装置が現れた。一つは先程アンリさんの身体を寝かせた装置と同じもの、もう一つはパイプ状の装置だった。
「これをこうして……」
タイピングを中断し、ホムンクルスを新しく出した寝台装置に寝かせて、アンリさんの装置に近づける。そしてパイプ状の装置を二つの寝台装置につなぐ。
「あとは~♪」
ユイは鼻歌交じりにタイピングを再開していく。すごいタイプ速度だ。すると、寝台装置に寝かせた二つの身体が淡い光に包まれ、パイプ状装置が光る。
「はい、終わり!」
そして間もなくして終わった。嘘だろ……? こんな簡単に?
「な、なにをしたんだ?」
俺は唇の端を引きつらせながらユイに問う。
「それは企業秘密! ――まぁ、説明するのが面倒なだけなんだけどね」
あ、こいつぶっちゃけやがった!
「どう? これで健康体として蘇生できるわよ?」
「……」
たぶん、アンリさん、ポカーンとしてる。光の状態でもなんとなくわかってきた。
「ぜ、ぜひお願いします!」
やっぱり元の身体に戻りたかったんだね。病も心配ないようだしよかったよかった。
「じゃあ、始めるわよ!」
ユイが元気に宣言し、アンリさんの入った筒状の装置から光の塊を誘導して外に出し、最初とは逆に、アンリさんの元の身体へと誘導する。
光が身体に入ると、身体全体がボウっと光り、やがて発光がおさまった。俺は喉をゴクリと鳴らし見守るが――
ゆっくりとアンリさんの瞼が開いた。
呆然としながら上半身を起こし、手や足が無事動くかを確認している。
そして泣き出した。安心して嬉しかったのだろう。俺もつい、もらい泣きをしてしまった。
「改めて異世界転生塾にようこそ! あなたを新しい生徒として歓迎するわ!」
――満面の笑みのユイに釣られ、俺とアンリさんも心から笑うのだった。




