第37話 とある宿屋の受付嬢【12】お嬢さんとの再会
老婆が去り、牢屋内に静寂が訪れた。
俺が生贄となる黄泉がえりの儀式まであと1時間、周囲を見渡すが当然ながら時計は無い。あるのはせいぜいトイレと椅子くらいなものだ。
――あれからどれくらいの時間が経っただろう。時間の間隔も分からなくなり焦るがどうしようもない。
手には手錠がはめられ、格子状の扉は当然施錠されており、脱出はまず不可能だ。スープとスプーンがあれば鉄部分を腐食させて脱出できるんだっけ――長期的にだけど、とか現実逃避気味に現実世界の記憶から物語の内容を思い出す。
腐食耐性のある材質だったら無力だな、とかろくでもないことを考えて精神の安定を保つ。
さて、本当にどうしよう――マレクさんはどうしてるだろうか。俺はぼんやりと思考に没頭する。
自分の内側に意識を向けていたからだろうか、物音に気付くのはそれが鉄格子前に現れてからだった。それー彼女、俺が探していた宿屋の受付嬢さんがそこにいた。
「追ってきてしまったんですね……」
眉根をよせ、悲しそうな顔で彼女が俺に声をかける。俺は肩をすくめ、
「操られた村人がここに連れられてるって聞いてさ、解放に来たんだ」
「そうですか……実行犯の私が言うものでもないですが、安心してください。あの方たちもあなたも、ことが済めば無事に解放をお約束します」
村人達は黄泉がえりの儀式の集団呪文詠唱をするんだったか。それより――
「さっきおばあさんがここに来てさ、俺は生贄――って言えばいいのか、魂の器にするって言ってたよ」
先程老婆から聞いたことをそのまま彼女に伝える。彼女の表情が変わった。
「そんな! それは予定とは違います! あらかじめ用意した素体に魂を宿す予定でした! 連れてきた人達はみんな儀式呪文の詠唱に協力してもらうだけです!」
すごく慌てふためいている。そうか、少なくとも彼女は俺を生贄にする気は無かったのか。まぁ、あの老婆も、もともとそのつもりで、気が変わったから生贄にするって言ってたしな……
「おばあさん、<あの子>の魂を蘇らせるために儀式をするんだってな。あの子って誰なんだ?」
せめて誰のために犠牲になるのかが知りたい。いや、生存を諦めきっているわけじゃないが――
数瞬の間があった。彼女は言い辛そうに、少し懐かしそうに口を開く。
「私の弟――祖母からすれば孫――になります。不治の病で2年前に他界しました」
俺は黙って続きを促す。
「とてもいい子で、優しくて、賢くて。弟が生きていた頃は家の中も明るかったんです。両親が早くに他界し、祖母に兄妹で引き取られてからも、弟の明るさでまったく寂しくなんてありませんでした」
俺は黙ってうなずく。この建屋に侵入して最初の部屋に置いてあった写真が思い出される。そうか、あの子か――
「弟が病にかかって――亡くなってから祖母は人が変わってしまいました。もともと魔法学院を卒業できる程に魔法に精通していたのですが、弟が病にかかってからは、ひたすらに回復魔術を研究していました。でもそのどれもが効果はなく、ついに弟が他界し――」
そこで言葉を区切る。
「それからは禁呪とされている蘇生魔術の研究です。色々な伝手で呪文書を入手し、ついに今行おうとしている儀式魔法にたどり着きました。私も協力しました。弟にどうしてもまた会いたくて……。儀式呪文のために集団での詠唱は必要ですが、犠牲になるものはいないと聞いていましたので――」
彼女が唇を噛みしめる。俺は情報を咀嚼し考えるが、やはり疑問はある。
「もともとは何に魂を宿すつもりだったんだ?俺が犠牲にされようとしてるように、生きた人間じゃないのか?」
「ホムンクルス――人造の人間と言えば伝わるでしょうか。ある伝手から、とても高価でしたが、入手できているのです。生きている人間の身体に魂を上書きした方が確実性は高いですが、犠牲は出さないという協力条件を私が出していたこともあり、ホムンクルスを使用予定にしていました」
彼女の発言の中に聞き捨てならないことがある。
「犠牲は出さないって、村人を連れ出す時、暴れさせてたくさんの人を傷つけてるじゃないか。それに、最初から呪文詠唱の協力を依頼すればよかったんじゃないのか?」
詰問調で問うが、ここは、なあなあに済ませてはいけない。
「村の人達を傷つけてしまったのはその通りで、どれだけ謝っても許されることではありません。人を操っての誘導制御が難しく、呪いの制御を外れて暴動が起き、抑えるのに多くの被害者を出してしまいました」
本当に申し訳なさそうに語る。この顔が嘘であるなら、俺は何も信じられなくなりそうだ。
「最初から依頼をすればよかったということについてはできませんでした。この禁呪を行おうとしていることが知られれば私達はまず間違いなく処刑されてしまいますから」
それじゃ本末転倒だわな……
「あなたも巻き込んでしまいごめんなさい。今からでもおばあ様に、魂の器には、当初の予定であるホムンクルスを使用するよう、説得してきます」
そう言うと彼女は上着のポケットから鍵束を取り出し、格子扉の内側に置いた。
「こんなことじゃ何のお詫びにもなりませんが、これで脱出してください。荷物は牢屋外右の倉庫にしまってあります」
――それでは、と歩き去ろうとする彼女を慌てて呼び止める。
「待ってくれ!なんで俺を助けてくれるんだ!村の宿の時も今も!今だって俺を逃がせば邪魔をするのはわかりきっているだろう!」
そうだ、ただ逃げるような奴がここまで来るわけないじゃないか。邪魔して欲しくないはずなのに――
彼女はこちらを見ずに答える。
「自分でもよくわかりません。とっくに気持ちは割り切って、目的のためにのみ動くつもりだったのに。罪悪感を少しでも軽くしたいからかもしれませんね」
――もしくは、あなたがどことなく弟に似ているからかもしれません。
最後の言葉は小さくすぼみ、よく聞き取れなかった。
――そうして、彼女は歩き去っていった。




