第36話 とある宿屋の受付嬢【11】老婆の思惑
ピチョン……ピチョン……ピチョン……
「ん……」
俺が目を覚ますと、そこは薄暗い室内だった。いや、周りが岩壁みたいだから、室内というのもおかしいか……目の前には大きな金属製の格子扉がある。
――地下牢というやつだろうか? 見たこともなかったけど、イメージは地下牢がしっくりくる。まぁ、地下にあるのかもわからないんだけどな。
俺は確か、操られた村人の解放のため、砦内の建屋を探索していたはずだ。1階の探索を終えてマレクさんと一緒に2階の探索を進めていたはずだが――
――そうだ! ある部屋の確認でマレクさんが焦ったように叫んだんだ、引き返すように。そうしたら意識が途切れて……
意識の覚醒が進むにつれ、記憶が次々と明確に浮かび出す。マレクさんは無事だろうか、あれからどうなったのだろう。
――ガチャリ
今になって気づいた。自分の手が自由に動かせないことに。目を向けると手錠をされていた。――これも初めての経験だな……これじゃまるで地下牢に捕らわれた罪人――
「ああ、起きたかい」
聞き覚えの無い声が急にかけられぎょっと振り向く。そこにははたして、背の曲がった老婆らしき者がそこにいた。ここは便宜上老婆と呼んでおく。老婆は格子扉の外からこちらに向けて声をかけてくる。
「ふむ……後をつけてきていたのはわかっていたけど、こうも簡単に捕まえられるとはね」
クソッ!悔しいが、現状その通りだから反論できない。俺は唇をかみながら老婆をにらみつける。
「まぁ、そんな怖い顔しなさんな。あんたが素直に協力してくれれば、悪いようにはせんよ」
「協力?」
「そうさね。あたしゃ今、”黄泉がえり”の儀式のために必要なものを集めてる最中でね。今夜それがようやくそろったのさ。あんたにも協力してもらおうかと思ってね」
「――ヨミガエリ?なんだそれは。俺に何をさせるつもりだ」
「死者の蘇生術の一種じゃね。まぁ、世間では黒魔術の禁呪扱いじゃが……そんなことはどうでもいい。黄泉がえりに必要となるのは、魂を降ろすための新たな器と、集団での呪文詠唱じゃよ。あんたも操って呪文詠唱の輪に加えようかと思っとったが、そうさね……随分と健康そうだし、あの子と歳も近い。やっぱり、器の方にしようかね」
――それに、どことなくあの子と似ている……。最後の言葉は小さくてよく聞き取れなかった。それよりも――
「器?」
戸惑いながらもそう聞き返す俺。
「さっきも言ったじゃろう?新たな魂の器じゃよ」
「さっき、言うことを聞けば悪いようにしないと言ってたじゃねえか!」
思わず怒鳴ってしまう。
「ああ、すまんねぇ。気が変わったのよ。最初は呪文詠唱の方に参加してもらい、器は別に用意していたものにするつもりじゃっだが、あんたの活きが良さそうなもんじゃから」
老婆はくつくつと笑う。冗談じゃない! それってつまり――
「生贄ってことじゃねぇか!そんなのごめん被るわ!」
手錠の鎖をジャラジャラと鳴らしながら身体をゆすり反論する。だが老婆の意思は覆らない。
「あの子の器になれるんじゃ。光栄に思いな」
さっきからなんなんだ、その――
「そもそもあの子って誰だよ!その子だってこんな蘇生は望んでないんじゃないのか!?」
するとそれは唐突に起きた。今までたんたんと語っていた老婆が急に血相を変えて格子扉をつかみ、大声で叫ぶ。
「あんたに何がわかる!! これしか方法が無いんじゃ!!」
そこにあったのは怒りと焦り、他には哀しみだろうか――、がごちゃまぜになった激情だった。驚きからついビクンとなるが、ここで引き下がるわけにはいかない!
「やるなら犠牲を出さない方法を探してやれよ! 関係無い他人を巻き込むな!」
精一杯の反論をするが、老婆の意思は固く、覆すことはできなかった。
「……儀式の開始は今から1時間後じゃ。それまでにせいぜい自分の身体にお別れを済ませとくんじゃな」
そう言い捨てて老婆は格子扉から離れ、歩き去っていく。待て!と叫びながら格子扉をつかみゆさぶるも、老婆は一顧だにせず振り向かず歩き去り、やがて、聞こえる音は、どこからか水滴の落ちる音のみがピチョン、ピチョンと地下牢内にこだまするだけになった――




