第35話 とある宿屋の受付嬢【10】潜入探索
裏口から建屋内に侵入したマレクさんと俺は、周囲を警戒しながら奥へと進む。入る前に外観を確認したところ2階建ての造りのようだった。明かりもない暗い通路を進むが、かなりの広さがある。
通路に遮蔽物はほとんどなく、身を隠すのは厳しそうだ。敵と遭遇した場合、交戦はまぬがれないだろう。通路に面し部屋の扉がいくつもあり、その内の一つに耳をつけ内部の音を探る。特に物音はしない。マレクさんと目合わせし、ドアの扉をひねる。
――カチャリ
どうやら施錠はされていなかったようだ。扉が開き、マレクさんがまず部屋内に侵入し、俺もすぐ後に続く。俺が扉を閉めるのを確認すると、マレクさんは壁際の照明のスイッチを押し、部屋内に光が灯った。
変哲もない調度品があるばかりで特に変わったものは無さそうだ。軽く部屋内を物色しても何も無さそうだが――、マレクさんは引き出しを開けたり内部まで入念に確認している。
「この後訪れる部屋に鍵がかかっていれば、ここにその鍵があるかもしれませんからね。少し探します」
なるほど……俺もマレクさんにならい、部屋内を物色する。
「ん?」
とある写真が目にとまった。これは――、宿屋の受付嬢さん?だが今よりだいぶ幼いようだ。見知らぬ少年を背後から抱きかかえながら、笑顔で写っている。
ということは、ここは受付嬢さんの部屋なのか?俺はマレクさんを呼び、写真のことを伝える。
「そうかもしれませんね。であれば、やはりここにスペアの鍵類があってもおかしくは――」
写真が入っていた引き出しの近くに、施錠された引き戸があることに気づく。マレクさんは例のごとく針金を取り出し錠内に差し込み、しばらくカチャカチャといじる。
――カチャリ
開錠され、引き戸を開ける。――しつこいようだが、もう驚かないぞ……マレクさんは盗賊だったんだよきっと。引き戸を開けるとなんと都合のいいことか、鍵束が引き戸内の壁にかかっていた。
「鍵があるならわざわざ開錠に時間をかけなくてすみますからね」
マレクさんが鍵束を手に取り、引き戸を閉める。
「では部屋を出て住人の捕らわれている場所を探します。操られていれば脱走は起こり得ないでしょうが、なるべく脱走しにくい場所に閉じ込められているかもしれません」
「2階ですかね?」
「わかりませんが、有力候補の一つですね。この建屋がどの様な目的で存在しているのかがわかれば部屋の配置もある程度は想像がつくのですが。砦のように強固な塀で囲まれていることから、外部からの干渉を嫌ってるようには思えますが――」
「ならいったん、1階の部屋を確認しつつ2階を探しに行きませんか?調べていくうちにわかることもあるかもしれませんし」
そうするしかなさそうですね。マレクさんもうなずき、俺達は部屋を出て同様に他の部屋の中も確認していく。ダイニングやキッチン、応接室らしき部屋などがあった。特に異常は無さそうだが――
やがて、階段にたどり着いた。階段の陰に隠れ、俺とマレクさんはうなずき合う。マレクさんが先行し階段を上り、異常が無いかを確認する。特に異常はなかったようだ。階上よりこちらに手を振り、合図を送ってくる。
ほっとしながら俺も足音を立てずに速やかに階段を上っていく。合流した俺達はまた物陰に身をひそめる。
「では慎重に行きますよ。十分に警戒してください」
またマレクさんが先行し、部屋を確認していくことに。マレクさんがいつものように扉に耳をつけ――、顔をハッとさせ俺に小声で伝える。
「物音がします。それも複数の」
操られた村人なのか受付嬢さんなのか、はたまた違う誰かなのかはわからない。ここが2階である以上、外からの侵入は困難だ。このまま扉から行くしかないだろう。
俺とマレクさんは上着から解呪の粉が入った瓶を取り出し準備する。瓶を床に叩きつけて割り、村人に中の粉末を吸わせれば解呪できる手はずだ。
「では行きます」
扉は施錠されていた。マレクさんは施錠された扉を最初の部屋で入手した鍵で開け、室内を確認する。
部屋には明かりが灯っていなかったが、部屋の奥に複数の生き物がいるのはわかった。部屋に入り壁のスイッチを押し明かりをつけるが――
「いけません、戻ってください!」
マレクさんが焦ったように俺に撤退を伝える。何があったかを問う余裕は無い!すぐに元来た道を戻ろうと振り返るが――
――マレクさんが俺に向かって叫ぶのと、俺の意識が途絶えるのは同時だった。




