第34話 とある宿屋の受付嬢【9】砦侵入
マレクさんの相棒犬であるペスの先導に従い、俺やマレクさんは、操られた村の人々の向かった先を目指す。時刻は真夜中であたりは暗く、明かりを灯しながら進む。
「ここは――」
やがて雑木林が見えてきた。俺がこの世界に来て金稼ぎのため最初に戦闘をしに来た場所でもあり、宿屋の男が行き倒れていた受付嬢さんを見つけたのも確か雑木林だったはずだ。偶然かもしれないが、おそらくはここのことだったのだろう。
ペスは雑木林に着くと、周囲を警戒するようにグルルとうなる。そんなペスの様子にマレクさんがめざとく反応する。
「これはよくないですね……どうやら、モンスターの類が大量にいるようです」
追跡のため先に通っていたペスが今になって警戒していることから、この短時間で雑木林に放たれたのだろうか。原因が何であれ、引き返すという選択肢は無い。できる限り戦闘を回避して進むしかないだろう。
「これを衣服や体にふきつけてください」
マレクさんはカバンからとあるスプレーを取り出し、俺に渡す。それと同時、自分やペスにもスプレーをふきつけ始めた。
「消臭剤です。これでいくらかはモンスターの探知をごまかせるでしょう」
俺も自分にスプレーでふきつけていく。鼻を近づけてにおいを嗅ぐが、すごい、確かにほとんどにおいがしなくなっている。
「それでは慎重に行きますよ」
ペスの先導に従い、雑木林の中をペス、俺、マレクさんの順で進んでいく。マレクさんはあえて最後尾につき、後方の警戒をしてくれている。俺も油断なく、周囲を見渡しながら進む。
周囲からはガサガサと葉擦れの音がする。そこかしこにモンスターが潜んでいるのかもしれない。俺達はできる限り音を立てないよう慎重かつ、速やかに目的地に向かうようひた進む。15分くらいだろうか、俺達は無言で進み、やがて、開けた場所に出た。
「ここのようですね」
最後尾についていたマレクさんが先頭に入れ替わり、周囲を確認する。俺もマレクさんにならい確認するが――
「砦?」
なんと表現していいのかわからなかったが、砦というイメージがしっくりときた。塀で囲まれた内側に建屋があり、明かりが灯っている。結構な広さだ。見回りは一見いなさそうだが――
「油断はなさいませんよう。この暗がりです、どこに何が潜んでいるかわかりません」
明かりを消し、俺達はペスの先導に従い移動を再開する。正門でなく、側面に回り込む。そこも塀で囲まれていたが――
「なんだこれ、水路……?」
排水溝なのか、水路がある。これは塀の外では川にでも繋がっているのだろうか。水路は塀の内と外で繋がっている。
「これは使えますね。深さと幅も十分です。ここから侵入しますよ」
「へ?」
「へ?じゃありませんよ。正門からなどすぐに見つかってしまうでしょう。裏道を使うのは当たり前です」
それはそうだけど、めっちゃ濡れるやん。いや、でもそんなこと言ってる場合じゃないな。
「私達が先に行きます。あなたは後からついてきてください」
マレクさんがそう言うと、まず、ペスが水路に飛び込んだ。――泳げるのか?あ、すごい。泳いでるわ、犬かきで。潜ったようで見えなくなった。なんて器用な犬だよ……。ペスに続いてマレクさんが水路に入る。一切の迷いが感じられず、潜ってペスに続く。
「――ええい、ままよ!」
覚悟を決めて俺も後に続く。濡らしちゃマズいものとかあったっけ?と不安になるが、もう考えるのが面倒になってきた。解呪の瓶は密閉されてるし、それさえ無事なら後はなんとかなるだろう!
俺は水路に入り、潜る。明かりがなくて前後がわからず不安になるが、まっすぐだ、まっすぐ進もう。水の中で足をばたつかせながら進む。幸いなことに、マレクさんの通った後だからか、一部水流のある場所があり、それに従い進んだ。
息継ぎがやばい。およそ15mくらいだろうか。息継ぎがしたくなる。水面近くに向かうが――、何やら棒のようなものが水中に差し込まれプラプラしている。あ、これはマレクさんの合図だな。俺はそれを頼りに移動し水面に上がる。
「ぷはぁっ!」
水面から顔を出すと、そこには思った通り、棒を水中に突き入れ合図をしてくれているマレクさんとペスがいた。よかった。すごい安心感だ。
「すぐに移動します。静かについてきてください」
軽く衣服の水をしぼり、すぐにペスとマレクさんの後を追う。物陰に身をひそめながら、建屋に向かい裏側から回り込んでいるようだ。ここまでは誰とも出くわしていない。やがて、裏口の扉付近までたどり着いた。
「これから、建屋内に侵入します。まずは衣類の乾燥を」
そう言ってマレクさんはカバンから布を取り出し、俺に渡してくれた。服をふいていくが――
「すごい」
そんな感想しか出なかった。とにかく布の吸湿性が半端ない。布が水気を吸い取り、あっという間に服は乾燥した。
「とある植物由来の布ですが――今は緊急時なので説明を省きます。いいですか、第一目標は、ここに捕らわれているであろう村人の解放です。操られたままと思われますが、解呪にはこの瓶の粉末を吸引させる必要があります」
そう言われ、俺は瓶を追加で複数受け取る。
「瓶を床に叩きつけて割れば中の粉末がその場で拡散し吸引されるはずですが、場合によってはスプレーのタイプも活用してください」
事前に受け取ったノズルタイプの瓶をかざしマレクさんが言う。了解だ。
「村人は全部で8人。男6、女2です。解放後は速やかにここまで戻ってきて、順路で来た道を戻りながら脱出します。想定外の緊急時は手段を問いません。できる限りの安全ルートで、できる限りの人数を連れ脱出してください」
あまりそんな事態は想定したくないが、それしかないな。俺はうなずいた。
「お嬢さんが出てきた場合、まず説得を試みますが、説得が困難で邪魔と判断される場合は排除します」
俺は唇を噛みしめる。それを見かねたマレクさんが優しい声音で言う。
「それは最悪の事態の話です。できる限りそうならないよう、あなたにも来てもらったのです」
そうだ、そのために俺はここにいる。
「もし彼女に会わずに脱出できた場合――、村人を解放した後、俺、彼女と話をしたいんです。その時は俺を置いて行ってくれて構いませんから」
俺は自分の中で決めていたことをマレクさんに伝える。マレクさんはため息をつき――
「そう言うと思ってました。その時はすみませんが、ご自身だけで対処してもらいますよ?」
自分達の力は期待するなと。心細いが、これは譲れない。ここで根を絶たなければ、同じことが繰り返されるかもしれないのだ。俺にどこまでのことができるのかはわからないが――
――「悲しそうな顔をしていたわ。何か事情があるのかも――」
村のおばさんの言葉が脳裏によぎる。そして優しく微笑んだ彼女の笑顔が。俺は、困っていた時に手を差し伸べてくれた彼女のためにできる限りのことをやろうと決めたんだ。今度は俺が彼女を助けたい。俺はマレクさんの目を見てうなずいた。
「わかりました。――では行きますよ」
マレクさんの先導で裏口の扉へ向かう。マレクさんは針金を取り出し、鍵穴を開錠していく。ほんと、この人何者なんだ――俺はもはや驚かなくなっていた。マレクさんやペスが優秀すぎるのも、もはやそういうものだと受け止める。
――カチャリ
音が鳴り、開錠される。まずマレクさんが入る。ペスはー入らないようだ。この退路を確保していてくれるのだろう。少し離れた物陰に向かい歩きだす。緊急時はペスがほえて教えてくれるのかな?
――そうして、マレクさんと俺は建屋内へ踏み込んだ。




