第32話 とある宿屋の受付嬢【7】暴動
――ください
――きてください
「起きてください」
寝ているところを突然起こされ目を覚まして見たのは、マレクさんの必死な形相だった。ケガをしているのか、血まみれで満身創痍だ。
「ど、どうしたんですか!? 大ケガしてるじゃないですか!」
「私のことはいいんです。それよりも――」
部屋の時計を見ると真夜中だった。なのに宿の外が騒がしい。殺気立っているとも言えるだろう。いったい何があったんだ……?それに、こんなに騒がしいのになぜ気づかずに寝てるんだ俺は!自分の鈍感さが嫌になる。
「呪いです。村人の中で既に呪われた人達がいたんです。彼らが突然暴れだしました……村中に被害が出ています」
「え……? 呪いってなんで急に――まさか!」
マレクさんがうなずく。
「ええ、あなたの持っていたブローチと同様の呪いによるものです。一部、無力化して捕らえた者の所持品の中に、あれと似た呪いを発する呪具が見つかりました」
そう言ってネックレスを取り出し見せられた。パッと見は普通のアクセサリーのようだが……
「イノセントフラワーの反応もありましたので、呪われていたことは間違いありません」
解呪の花、イノセントフラワーが反応したのなら間違いないだろう。呪いで人を操れるのか……いや、今はそれよりも――
「まだ暴れている人達がいるんですか?」
窓の外の喧騒に目を向けながらマレクさんに聞く。そうだーさっきマレクさんは、無力化して捕らえたのは一部だと言った。であれば、まだ捕らえられていない人達がいるはずだ。
「いえ……残りの者たちは、連れ去られました」
誰が、どこに?と聞こうとするが、ふとマレクさんが言い辛そうに視線をそらした。視線で続きを促し待つと、やがて小さなため息をつきマレクさんが語りだす。
「宿屋のお嬢さんの扇動に従い村の外に出ていき、戻ってきていません。変装はしていましたが――あれは間違いありません。彼女です。どこに行ったのかは今調査中です」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんでそこで宿屋の受付嬢さんが出てくるんですか!」
「もうお分かりでしょう……呪われた村人たちを先導して連れ出しているんです。この騒動はお嬢さんと関わりのあるもの――、より直接的な言い方をするなら、犯人ですよ」
少しイライラした様子でマレクさんは言う。でも、そんな――
「あなたに会いに来たのは、あのお嬢さんとあなたのやり取りの中で、何かヒントになることが無いか聞きたかったのです」
「ヒントって……特にこんな騒動についての話なんてしてませんよ」
「何を話したんですか?彼女に」
マレクさんは俺の目を見て直球で聞いてくる。俺は正直に受付嬢さんとのやり取りをマレクさんに話す――
「はぁ……、彼女が呪いの原因かもしれないとお話ししていたはずです。なぜブローチの呪いについて安直にありのままを彼女に話すのですか」
マレクさんの問い詰めるような言葉が胸に刺さる。そうだ、俺は忠告を受けていたはずだ。なのに信じたいことを信じ、気にもとめていなかった。この惨状は俺がきっかけかもしれないと思うと、いたたまれなかった。
「彼女の後を追えないでしょうか?」
なぜ彼女がこのようなことをしでかしたのかが知りたい。そして、これ以上罪を重ねないよう止めたい。俺はマレクさんの目を見て訴える。
「今、私の相棒が後をつけています。居場所を特定すれば戻ってくるでしょう」
相棒?と疑問は沸くが、それよりも今は――、今も村中で喧騒が続いている。俺はマレクさんの提案に従い、住人の治療のため、宿の外のケガ人の治療にあたるのだった。




