第30話 とある宿屋の受付嬢【5】ブローチ
パウロの丘でイノセントフラワーの採取とマウントベアの爪をゲットした俺は、村に戻ると、まず、宿屋の男の元へ向かう。
そう、受付嬢さんが俺の宿泊費の建て替えとして差し出したブローチを取り戻すためだ。マウントベアの爪との交換を男と約束していた。
「こりゃあ驚いた……まさか本当に取ってくるとはな」
「死ぬかと思いましたけどね」
ははは、たいしたやつだ!と、人が変わったように男は明るく笑う。
「約束だからな、ほらよ」
俺は男からマウントベアの爪一本と引き換えにブローチを受け取り、上着のポケットにしまう。
「次からは手持ちを確認してから店に入るんだぞ」
今回は俺の注意不足が原因でもあったしな。素直に、「はい、気を付けます」と返事をし、その場を後にした。いやぁ、一悶着あると思ってたから何もなくてよかった。
そのまま受付嬢さんにブローチを返しに行こうかとも思ったが、手持ちのお金が無いことに気づく。宿や飯代のために、素材の換金をしてこよう。それと、マレクさんからの依頼、イノセントフラワーの納品もしないとね。
武具屋に入ると、今朝方同様、おっちゃんが出迎えてくれる。
「おう! あんちゃん、元気そうだな」
「おっちゃんありがと~! あの鎌のおかげでなんとか生き延びたよ~」
半泣きでおっちゃんにお礼を言い、経緯を話す。
「そりゃあ、災難だったな。でもあそこは危険だから、村の人間は一人で行ったりしねぇよ。もっと情報を仕入れてから動かないと、いつか死ぬぞ?」
おっちゃんから叱られてしまった……返す言葉もございません。
そうだ!と思い出し、マウントベアの爪を取り出す。宿屋の男に一本は渡したから、残りの2本だ。
「これ、換金できないかな?」
ふむふむ、どれどれ、とおっちゃんが査定してくれる。
「指ごと切り取ったからか、ずいぶんと状態がいいな。これなら高値をつけられるが……」
二つ買い取ってもいいが、一つは槍の穂先にして武器にしてもいいぞ?と言われた。確かに強そうではあるが、鎌と2本を持ち歩くのは大変そうだし、命を救ってもらったからか、既にこの鎌には愛着がわいている。なので、二つともお金に代えてもらうことにした。
「はいよ、これが代金な」
金貨1枚が手渡された。金貨一枚は銀貨100枚相当らしい。え?俺もう富豪じゃん。
「マウントベアは倒すのが難しいし、爪はモンスターにとって武器だから、倒す頃にはボロボロになってることが多いんだよ。遠慮なく受け取りな」
俺はウキウキで金貨1枚を受けとるのだった。
◆
次に植物の研究家、マレクさんのところに向かった。依頼だった、イノセントフラワーをカバンから取り出して渡す。
「こんなにたくさん……助かりますよ」
花畑で摘んで、カバンにできる限りつめてきたからな。数えてもらうと21輪あった。1輪あたり銀貨3枚だから、21輪だと銀貨63枚になる。武具屋での金貨1枚と合わせると、もう俺、しばらくはここで遊んで生きていけるかも……ここで暮らしたいなぁ。これが実際の異世界転生だったらと少しうらめしい。
「では、これが報酬です。どうぞお受け取りください」
マレクさんから銀貨を受け取ろうと手を差し出した、ちょうどその時――
「ん?」
俺のポケットから、鈍い暗色の光が漏れ出している。マレクさんがハッとした顔になり、慌てて俺に問う。
「すみませんが、そのポケットの中に入ってるものを見せてもらえませんか?」
ポケットになんか入れてたっけ?と思いながら手探りで探すと、何かが指先に触れる。そのまま取り出したが――
出てきたのは、男から受け取った宿屋の受付嬢のブローチだった。
鈍い暗色の光をまとっているが、それと対になるようについ先程マレクさんに渡したイノセントフラワーが淡く白色の光をまとっていた。
「この花には呪いを浄化する効用があり、対象物に近づけるとこのように発光し解呪します。私がこの村に来た本当の目的は、最近この村を含めた近隣の集落で呪いによる住人の被害が多発していて、解呪のためにイノセントフラワーを集めに来たのです」
真剣な顔でマレクさんが言う。俺には何がなんだかわからない。どうしてこのブローチが呪われてるんだ?
「このアクセサリーはどこで手に入れたのですか?」
――混乱した頭ながらも、俺はマレクさんに経緯を説明することにした。




